2021年4月、「気候変動サミット」で、2030年に向けた温室効果ガス(CO2等)の削減目標を46%(2013年度比)とすることが表明されました。6年前に設定された削減目標26%から大幅に引き上げられ、積極的に環境負荷低減を目指す姿勢が鮮明になったのです。そして、環境負荷低減のひとつである「カーボンニュートラル(温室効果ガスの実質排出ゼロ)」の推進力になると注目されているのがLCA(ライフサイクルアセスメント)という手法です。
今回は、LCAの第一人者である稲葉先生に、LCAとは何か、そしてLCAを取り入れることで環境負荷低減にどのように役立つのか教えていただきました。
特集 地球環境と塩ビ インタビュー2
現状を把握し、より環境にやさしい活動へと導く「LCA(ライフサイクルアセスメント)」
- 一般社団法人 日本LCA推進機構 理事長
- 稲葉 敦 氏
いなば・あつし
1981年 東京大学大学院博士課程修了(工学博士)
1981年4月 通商産業省工業技術院公害資源研究所
1984年5月〜1986年3月 米国商務省標準局火災研究所客員研究員
1990年12月〜1992年4月 国際応用システム研究所(オーストリア)客員研究員
2001年4月〜2008年3月 独立行政法人産業技術総合研究所 ライフサイクルアセスメント研究センター長
2005年12月〜2009年3月 東京大学人工物工学研究センター教授
2008年4月〜2009年3月 独立行政法人産業技術総合研究所 安全科学研究部門副部門長
2009年4月〜2020年3月 工学院大学先進工学部環境化学科教授
2020年 LCA推進機構(Japan Life Cycle Assess ment Facilitation Centre= LCAF)設立、理事長
「環境にやさしい」を客観的に示す手法LCA(ライフサイクルアセスメント)
-まず、LCA(ライフサイクルアセスメント)とはどんなものか、教えてください。
製品やサービスが生み出され、廃棄されるまで(ライフサイクル)の全体で、どれだけ資源が投入され、どれだけ排出されたか(環境負荷)を計算し、環境へ及ぼす影響を評価する手法です。
-LCAは、どんな製品やサービスに適応できるのですか?
あらゆる製品やサービスに適応できます。たとえば、エアコンをつくるメーカーさんの場合、材料を仕入れ、自社で製品をつくり、お客様に届けるという一連の流れがありますよね。さらに、その製品がお客様のもとで使用され、廃棄されるという段階もあります。
LCAは、どのくらいのCO2が、どのプロセスで排出されているかを計算し、評価する手法です。機種ごとにもちろん違いはありますが、エアコンの場合、部品・部材の製造プロセス、組み立て、輸送、廃棄で排出されるCO2量は合わせて5%未満。95%強のCO2はエアコンの使用中に排出されるとわかっています。つまり、メーカーさんは運転時の省エネに注力すれば、効率的にCO2排出量を減らせるのです。
ユニークな例だと「イベントが環境に及ぼす影響」も評価できます。大きなイベントの場合、何万人もの方が何らかの手段で来場し、会場では飲食物などが大量に消費され、電力など大量のエネルギーが使われ、設営に使われた部材は終了後に廃棄されます。
もし「次回のイベントは、CO2をなるべく減らして実施したい」という方針があれば、LCAでCO2排出量を算出し、「リアルではなく5G配信にしてみよう」という結論になるかもしれません。もちろん、配信される場合のLCAも実施し、比較検討することが大切です。
この先、どんな活動をするにしても「環境負荷の低減」は必須要件になるでしょう。その時に、「なんとなく環境にやさしそう」といったイメージではなく、客観的な根拠として使えるのがLCAなのです。
製品やサービスの「一生」に目を向けると、素材や作り方を見直せる
-VEC(塩ビ工業・環境協会)も、2018年稲葉先生のご指導のもと、塩ビを使った「樹脂窓」に関するLCAを実施しました。
そうでしたね。従来の窓サッシに使われてきた素材はアルミニウムです。サッシに必要なアルミと塩ビの分量を測り、サッシを作り、使用し、廃棄するという一連のプロセスで、どのくらいCO2が出るかを計算しました。
まず、アルミは「電気の缶詰」と称されるほど、素材製造時に電力を大量に使います。つまり、アルミをたくさん使うと、CO2の排出量は増えます。
さらに、アルミニウム鉱はオーストラリアから輸入されることが多いのですが、オーストラリアでは石炭発電がメイン。1kWh(キロワットアワー)の電力を生み出すのに、どのくらいの石炭が必要で、どのくらいCO2が排出されるのかも計算します。重量のあるものを、どのくらいの距離遠くから運ぶのかによって、輸送コストも変わります。そうやって積み上げていくと、塩ビ製の「樹脂窓」の方が環境にやさしいのではということがわかってきます。
加えて、窓サッシを日常生活で使う中でも、樹脂窓の方が家の冷暖房効率を下げません。つまり、余分な冷暖房を使わなくて済むので、CO2の排出量は減ります。「アルミサッシより樹脂窓の方が、環境負荷が低い」と言える根拠が、LCAで計算すると見えてくるのです。
「環境負荷を低減する行動」を選ぶために求められるLCAの考え方
-近年、脱炭素社会の実現を目指す「カーボンニュートラル(温室効果ガスの実質排出ゼロ)」が話題になっています。カーボンニュートラルと、LCAの推進とはどのような関わりがありますか?
LCAは、温室効果ガスの排出削減に向けた取り組みが「グローバルで実効的かどうか」を判断する手法のひとつです。つまり、LCAでCO2排出量を計算しないと、カーボンニュートラルにも歩みだせないんです。
メーカーさんの場合、現状を把握することで、どのくらい排出量を減らせばいいか、どのプロセスにアプローチするのが効果的かといったことがわかります。どうしてもCO2を減らせないようであれば、クレジットの購入(省エネ活動に取り組む活動に対しての資金提供)で埋め合わせるということも検討できます。LCAの導入で、カーボンニュートラルに向けた戦略が立てられるのです。
大手化学メーカーの中期経営計画に盛り込まれたこともあり、プラスチック製品に関するLCAも、今以上に活発になるはずです。
カーボンニュートラルに代表される「環境負荷の削減」にはLCAの考え方が不可欠です。たとえ、正確に計算できなくても、ライフサイクルシンキングを身につけることは、企業としても、一人の消費者としても重要になるでしょう。
自分たちがつくる製品は、自分が使う製品は、どこの国から原料を運んでいるのか。環境負荷の大きい素材があれば、別の素材と取り換えられないか、製品を10年使う間にどのくらいエネルギーが必要なのか……LCAを学んでみると、感覚的にCO2が多く輩出される素材やプロセスが見えてきます。
客観的な基準は、環境負荷の低減を進める助けになる
まずは、LCAという評価方法についてわかりやすく伝え、その普及に努めたいですね。そのためにこの「改訂版:演習で学ぶLCA」をさらに大改訂しようと思っています。
また、現在カーボンニュートラルに関する国際規格(ISO14068)の開発に参加しているので、この新規格に「削減貢献量」の方法を盛り込むことに尽力したいです。
「削減貢献量」は、ベースライン(たとえば従来製品)と比べて、製品やサービを使う時のCO2排出量をどれだけ削減できるかを定量的に示すものです。これがあると、CO2排出削減の役立つ新製品を開発することを応援することができます。
企業が「わたしたちはカーボンニュートラルに積極的に取り組んでいる」と社会に訴えるためにも「削減貢献量」を言うことができる国際規格が必要であり、規格があるからこそ、現在を超えていこうと各企業が努力する。その結果、想像以上の技術革新が生まれ、環境負荷を減らしていけるのだと信じています。