特集 脱炭素社会と塩ビ インタビュー
社会をハッピーで満たすためのリサイクルを考える
- 早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 ナノプロセス研究所 客員教授
- 加茂徹 氏
略歴
- 昭和61年4月
- 東北大学工学部応用化学科 助手
- 昭和61年4月
- 東北大学工学部応用化学科 助手
- 平成13年4月
- 産業技術総合研究所 エネルギー利用研究部門 グループ長
- 平成22年4月
- 産業技術総合研究所 環境管理技術研究部門 グループ長
- 平成27年4月
- 産業技術総合研究所 環境管理研究部門 上級主任研究員
- 平成31年4月
- 産業技術総合研究所 環境管理研究部門 招聘研究員
- 令和3年2月
- 早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究 機構 客員教授
大量に生産されたプラスチック容器は大量に廃棄され、その一部が海へ流れ込んで海洋生物に深刻なダメージを与えています。また焼却されたプラスチックごみはCO2となり、地球温暖化の原因となっています。廃プラスチックのリサイクル技術を開発し、プラスチックの循環利用を実現させる「革新的リサイクル技術の開発」が求められています。
今回は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が着手する「革新的プラスチック資源循環プロセス技術開発」に携わっている加茂 徹 客員教授に、プラスチックのリサイクルを考える上で重要な「炭素循環」について、そして適切なリサイクル方法の選ぶ上で大切な考え方についてお話を伺いました。
エネルギー回収は、プラスチックリサイクルの切り札か
-まず、プラスチックのリサイクル方法について教えてください。
プラスチックのリサイクル方法には、
- ・マテリアルリサイクル(廃プラスチックからまだ使えるものを選別し、材料として再び利用する)
- ・ケミカルリサイクル(廃プラスチックをいったん化学原料に分解し、再合成して利用する)
- ・エネルギー回収(燃料として燃やし、その熱エネルギーを利用する)
といった手法があります。これまで廃プラスチックをそのまま燃やす、あるいは埋める等の処理方法が多く利用されてきましたが、最近は、エネルギー回収される割合が増えてきました。プラスチックは発熱量が高く、石油の代わりに燃やすとエネルギーが得られるため、燃料の節約になり、一定のメリットがあると考えられてきました。
しかし、エネルギー回収は「炭素循環」という一面から見ると、ベストなリサイクル方法とは言い難いのです。炭素循環とは、大気、海、動植物の間を炭素が循環することです。例えば、人間が呼吸したり何かを燃やしたりすると、CO2が大気に排出されます。大気のCO2は森林が吸収し、木が枯れると分解され再び大気に戻ります。海でも同じように植物性プランクトンに取り込まれたCO2は、食物連鎖を経て最終的に大気へ戻ります。陸でも海でも循環している炭素のごく一部が地下に固定化され、長い年月を経て化石燃料(石油・石炭)になります。地球温暖化の問題は、森林や海を介して地中に固定化される炭素のスピードよりもはるかに速く人間が化石資源を燃やすので、大気中のCO2を増えているために起きています。
-プラスチックのエネルギー回収は、炭素循環にとってどんな影響があるのでしょうか。
化石資源から製造されたプラスチックを燃やすとCO2が排出され、これを再び地下に戻すには気の遠くなるような年月がかかります。プラスチックをなるべく燃やさず、容器や素材あるいは化学原料として何回も繰り返し利用することが大切です。でもプラスチックの品質が悪くなればリサイクルできないので、燃やしても大気中のCO2を増やさないためには、空気中のCO2を吸収して育った植物等のバイオマスから作られたプラスチックを使うことが有効です。また太陽エネルギーを利用してCO2を化学工場で固定化し、再びプラスチック等の原料とし利用する技術(CCUS)も開発されています。これまではプラスチックを燃やした際に発生するCO2のことを全く考えなかったため、エネルギー回収が最も安く便利と思われてきました。しかし発生したCO2の固定化までを考えると、プラスチックのリサイクルがとても重要なことであることが分かると思います。
-植物の光合成以外に、炭素を固定する方法はあるのでしょうか。
CO2の発生を抑えることから見るとバイオマスプラスチックはとても優れていますが、製造コストが高い以外にも問題があります。原料となる植物を育てるための土地や水そしてミネラルが、食糧の生産と競合する場合が多いのです。世界で飢餓に苦しむ人がいる中で「環境に良いプラスチックの原料を作るので、この土地では食料生産を止めてバイマス原料を育てます」と、果たして言えるでしょうか。また新しく畑や人工の森林を作ると、それまでその土地に生息していた生物に大きな影響を与えてしまいます。エネルギー分野に比べてプラスチックを焼却することによって発生するCO2の量は小さいですが、今後、再生可能エネルギーが普及すれば、プラスチック原料の非化石化はとても重要な問題になっていくと考えています。NEDOの「革新的プラスチック資源循環プロセス技術開発」では、プラスチックを繰り返し利用し、エネルギー回収される廃プラスチックをなるべく減らすような技術開発を進めていきます。
持続可能な社会を目指すためにできることをひとつずつ
-「持続可能な社会」を目指す上で求められるプラスチックの使い方をご教示ください。
必要のない製品はつくらない、買わない、使わない、を徹底することですね。先程の「炭素循環」でいうと、化石資源から作られたプラスチック製品を燃やすことは、さながら地球が長い年月を掛けて地に鎮めた魔物を、解き放しているようなものです。もう一度炭素を地下に戻すには多大なエネルギーと費用がかかります。そのため、買った物はできるだけ長く使うこと。使い終わったら、リユースしたり、アップサイクル(不用品に手を加え、別の新しい製品にアップグレードすること)したりできる可能性がないか考えることも大切です。
-無駄な製品は増やさず、再利用を模索した後に選ぶ循環方法がリサイクルなんですね。
そうですね。ただ、持続可能な社会で求められているのはCO2の排出量を削減だけでなく、生物多様性や、原料を生産し製品を製造する人々の人権等にも十分配慮しなければなりません。商品を買うとき、単に価格や品質だけで判断するのではなく、その製品が作られた背景をよく理解して選ぶ必要があります。
-では、塩ビのリサイクルについて、どのように進めていけばよいでしょうか。
塩ビ製品はライフサイクルが長いという利点がありますが、逆に、数十年後にリサイクルすることになったときに製品情報が見つからず、リサイクルが難しくなるという課題があります。製品情報をクラウド上に保管するなどして、トレーサビリティを担保することが今後とても重要なことになると思います。また、現在でも工事現場等で発生した端材は回収されていますが、将来は使用済みの塩ビ商品の資源回収まで取り組めれば素晴らしいですね。
-先生が、今後取り組みたいことについてご教示ください。
最終的には、多様な価値観を持つ個人がそれぞれ認められ、幸せが満ちている社会にしたいです。私たちは毎日多くの商品を購入し、廃棄しています。自分が購入した製品がどのように製造され、自分の処へ届けられ、そして廃棄されていくのかが分かるような情報を丁寧に伝えたいです。例えば、ペットボトル入りのミネラルウォーターを自分が飲むまでにどれくらいの資源が使われ、使い終わったペットボトルを処理するためにエネルギーが投じられているか。ペットボトルからペットボトルへのマテリアルリサイクルは日本発のすばらしい技術ですが、単に水を飲むならば市中の給水機を利用した方がはるかに環境負荷を減らすことがきます。
そして、経済は社会を動かす大きな力を持っています。投資家には単に目先の利益に惑わされあることなく、環境や人権に配慮した企業に投資し育てて行く責任があり、そのような新しい金融市場が育ちつつあります。今後は日本でも、持続可能な社会を目指して行動している企業が投資家から支持され、そうでない企業は融資を受けられず事業が続けられないといった事態になると思います。我々消費者も、企業がどんな想いを持って事業を営んでいるのかを知り、その商品が作られた背後にある物語に納得し、買うことによって志のある企業を育てていくことができたらうれしいですね。