2021年03月 No.112 

アジア各国の廃プラ禁輸措置や海洋プラスチック問題などで、プラスチックに対する社会の関心が高まっています。見方を変えれば、プラスチックの資源循環を進める好機とも言える今、本誌も改めてこの問題に焦点を当てることとしました。初めにご登場いただくのは、東北大学環境科学研究科の吉岡敏明教授。廃棄物資源循環学会会長も努める吉岡教授に、プラスチックリサイクル研究の現状と課題、そして海外の動向などをお話いただきました。

特集 リサイクル インタビュー

プラスチックの資源循環へ向けて。
研究の現状と課題

東北大学 教授 吉岡よしおか 敏明としあき

プロフィール
工学博士。専攻はリサイクル工学、環境関連化学、無機化学、廃棄物資源循環学会会長、プラスチックリサイクル化学研究会(FRSJ)副会長、1963年生まれ。1988年東北大学工学部応用化学科卒。1996年博士(工学)学位取得(東北大学)、2005年東北大学大学院環境科学研究科教授。2014年同研究科研究科長。東日本大震災時には「災害廃棄物対策・復興タスクチーム」幹事として、がれきの再資源化に取り組む(本誌№79)。2014年「プラスチック廃棄物の化学資材への再資源化研究」で文部科学大臣表彰(科学技術賞)。2020年「廃棄物・浄化槽分野の研究開発」で、環境省 環境大臣表彰。

吉岡 敏明

プラスチックとの付合い方を見直す時期

-現在のプラスチックを巡る状況を、どのようにご覧になっていますか。
 やはり、このままでは大変なことになりそうな気がしています。何といっても海洋プラスチックの問題が大きいと思いますが、その一方で、地球温暖化問題やCO2削減への対策も進めなければならない。さらには、コロナ禍という新しい課題も出てきました。巣ごもり需要の増加で、今後相当量のプラスチック廃棄物が出てくることも予想される状況です。
 今こそプラスチックと人との付合い方、さらに言えば、プラスチックに限らず、モノと人の付き合い方や生活のスタイルを思いっきり見直すタイミングなのだと思います。そういう大きな転換点に私たちは立っている。だからこそ、間違った対応は許されません。将来につながる方向性、即ち静脈側と動脈側が一体になって循環型社会の実現に向かうような仕組みをきちっと示す必要があるのです。そういう課題に対して、科学からどうアプローチしていくかを考えることが私たち科学者の役割だと思っています。

ケミカルリサイクルのポテンシャル

-先生の研究室では今、どんな取組みをなさっているのですか。
 大きく言うと、廃棄物・排水・排ガス対策の新しい化学リサイクルプロセスや処理プロセスの開発が私たちの研究テーマで、廃プラ問題だけでなく、水中に含まれる環境負荷物質を補足する水処理プロセスの開発とか、カーボンサーキュレーション(炭素循環)に関連するダイレクトエアキャプチャー技術(大気中のCO2を集めて化学物質に転換する)の研究、資源循環への貢献という視点から、環境工学の化学版みたいなことをいろいろやっています。
 プラスチックについては、廃プラを化学原料に転換して再利用するケミカルリサイクルのプロセス開発に取り組んでいますが、ケミカルリサイクルというのは、熱分解してガス化したり高炉還元剤に利用したりといったことだけでなく、やり方によっては様々なことができる、非常にポテンシャルの高い手法だと言えます。
 つまり、物理的に扱いにくいモノを分子レベルで扱えるというのが化学の強みなので、化学原料への転換だけでなく、場合によっては、触媒を使って有用な化学物質に転換するとか、物理的に分別不可能なモノを化学反応を利用して分別するとか、可能性の幅が広いのです。こうした化学反応の持つ力強さ、そのアドバンテージを上手に使いこなせるようにするための基礎的なプロセスをいろいろなパターンで用意して、企業が事業化するときのヒントに役立ててもらいたいと思って取り組んでいるところです。
 そのひとつが、石油精製のプロセスをプラスチック処理のプロセスとして利用する研究です。NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の先導研究プログラム(脱炭素社会の実現に資する有望な技術の原石を発掘し、将来の国家プロジェクト等に繋げていくことを目的とする公募事業)のひとつとして昨年から立ち上げたもので、汚れや複合材料化などにより元のプラスチック材料への再生が困難な廃プラスチックを、既存の石油精製・石油化学設備などを利用して石油化学原料に転換していこうというのが取組みの狙いです。このコンセプトは現在様々な形で試みられはじめました。

石油精製プロセスを活用するプラスチックリサイクル

ヨーロッパのケミカルリサイクル事情

-海外でもケミカルリサイクルは進んでいるのですか。
 ヨーロッパでは、主立った化学メーカーがケミカルリサイクルを積極的に進めていこうということで動き始めています。まだ投資の段階で実働しているケースはないようですが、相当大規模な投資が始まっているようで、BASFなど1千万ユーロを投資して年間1万2千トン程度の規模で処理し、エチレンやポリプロピレンに転換すると言っています。日本では、この様な取組みは既に行われていましたので、技術的側面から見れば、日本のほうがかなり進んだ高度な技術を持っているのです。
 ただ、コスト的な問題などで、むしろ日本は立ち後れ気味になるのではないかという懸念があります。日本に必要なのは量を集める工夫です。ケミカルリサイクルというのは、大きなプロセスを使うので、ある程度の量を確保しないと成り立たないし、経済的にも難しいということになる。ところが、ヨーロッパのほうは一気に廃プラを集める体制ができているのに対して、日本はそういうシステム化がなされていません。従って、コストメリットもなかなか出てこない。そこがネックだと思います。

課題はハロゲンコントロール

─今後、我が国でケミカルリサイクルを拡大していくためには、どんな対策が必要になるのでしょうか。

塩素のマテリアルフローから診る新たな塩素循環

最大の課題は、塩素を含むハロゲンの除去・回収技術です。
 ご承知のとおり、ケミカルリサイクルの世界ではハロゲンは油化プロセスのリスク要因として忌避されており、塩ビも歓迎されざる樹脂のひとつです。
 しかし、塩ビは塩素の固定先として非常に重要な役割を果たしてきたわけで、そこは大事にしていかないと、化学工業自体が成り立ちにくくなってしまいます。だとすれば、塩素を含むハロゲンの濃度をきちんとコントロールできるプロセス、前処理段階で徹底的にハロゲンを除去できケミカル手法の開発を考えなければなりません。
 この問題については我々は1990年代から取組んでおり、現在は「環境インパクト低減に向けたハロゲン制御技術の体系化」(2017)という形で日本学術振興会の助成事業や科学研究補助金で研究開発を進めています。基本は、廃プラスチックの塩素を上流の食塩電解の中にきちっと戻して、新たな塩素循環のプロセスを作ること。同時に、炭素は炭素で循環利用することも考える必要があります。カーボンサイクルについては、今いろいろな化学メーカーが取組みを進めようと動き初めています。そこに繋げるためにも、塩素をきちんと循環させるシステムを作ること。塩素の循環は炭素の循環に貢献する、ということです。

ハロゲン循環の意義

第8回ケミカルサミット

-廃棄物資源循環学会やプラスチックリサイクル化学研究会(FSRJ)としては、最近どんな活動をされているのですか。
 2年前から廃棄物資源純化学会の会長を務めていますが、学会の活動に限らず、持続可能な社会という問題に関心を持つ若い人をどんどん増やしていくことが大事だと考えています。幸か不幸か、コロナ禍を機に最近の学生も、真剣に地球の将来を見据えていかなければという気持ちを強めていると感じます。
 FSRJの活動に関しては、今年の11月にタイでFSRJ主催の会議や、またPacifichem(ハワイ)で12月に個別セッションを開く予定です。コロナ禍の状況からどのような形式での開催になるかはまだ不透明ですが、いずれにしても、ここではケミカルリサイクルの情報が相当集まるのではないかと期待しています。
 それと、この10年ほどのあいだ、日本、中国、ドイツ、イギリス、フランス、アメリカの6カ国の化学会が、毎年ケミカルサミットという会議を開いてきました。2019年11月にロンドンで開かれた第8回会議では(仏米は不参加)、「Science to Enable Sustainable Plastics」をメインテーマに、4つの分科会で議論が進められ、バイオプラスチックやマイクロプラスチックの話もずいぶん取り上げられました。私はリサイクルの分科会で基調講演を行い、動脈側と静脈側を統合するケミカルリサイクルの必要を指摘しましたが、会議後に出された白書にも「単一成分のプラスチックを貴重な化学物質またはモノマーにリサイクルするためには高効率的な化学プロセスの開発が必要であり、その中には当然ハロゲン含有のポリマーも含まれる」といったことが採用されています。

第8回ケミカルサミットの「白書」
第8回ケミカルサミットの「白書」

海洋プラ問題の解決に必要なこと

-最後に、海洋プラスチック問題につていご意見をお聞かせください。
 一番はごみを出さないこと。そのためにどうするかです。私も、プラスチック資源循環戦略を作るときの委員としてレジ袋有料化に関わった一人ですが、もとから言っているのは、排出を抑制するための住民行動や制度設計が必要だということです。下水側からのプロテクトは当然として、その一方で、きちんと回収すればこれだけ有効になるということを具体的に示せば、みんな捨てにくくなるはずです。そこは両輪でやらなければいけない対応だと思います。その上で、どうしても海洋に流出する部分については、せめてバイオ素材のものとか、洗濯しても繊維くずの出ない頑丈な製品が開発されるよう、企業努力にも期待したいと思います。