驚異の新素材、PVCゲル人工筋肉の可能性
衣服感覚のアシスト・ウェア?
信州大・橋本研究室が挑む「バイオとロボットの融合」
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橋本教授(左から2人目)と研究室の皆さん |
本号「さきがけびとにきく」でもご紹介したプラスチックゲル。ここにもうひとつ、塩ビゲルを素材にした注目すべき研究が進んでいます。信州大学繊維学部(長野県上田市)の橋本稔教授(機械・ロボット学系バイオエンジニアリング課程、工学博士)が取り組む人工筋肉の開発。電気で収縮する塩ビゲルの性質を利用して、人と一体化したインテリジェント・ウェアなどに応用しようという斬新な試みは、まさしくバイオとロボットの融合そのもの。研究の現状を、橋本教授にうかがいました。 |
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2010年に開発された
小型ブレーキ |
開発が進むアシストスパッツ |
人工筋肉(一層) |
●医療福祉分野への応用
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PVCゲル人工筋肉の積層構造 |
ステンレス製のメッシュとシート(箔)の間に塩ビのゲルを挟んだ円形のプレート(上の写真)。これがPVCゲル人工筋肉の単位構造(一層)で、厚さはわずか600 µm(0.6 mm)。そのメッシュ側に⊕電極、シートに?電極を繋いで電圧を加えると、一瞬にして全体の厚みが収縮し、止めると元に戻る。そのスムースな動きは、脈打つ心臓を思わせます。
PVCゲル人工筋肉は、単位構造を40層、50層と積層するほど収縮が大きくなり、またその面積を広くするほど力が大きくなり、アクチュエータ(駆動装置)としての能力を発揮します。
「積層型の人工筋肉をセンサーと連動させることで、医療福祉分野など様々な機器への応用が可能になる。我々は既に医療用小型ブレーキの開発に成功しており、現在は5年間のプロジェクトで人の歩行を補助するアシストスパッツの開発に取り組んでいる。このほかリンパ浮腫ケア用のマッサージ器、内視鏡手術用のロボットなどへの応用も検討しており、その有用性は非常に大きい」(橋本教授)
●軽量、省電力、静音で人体への負担軽減
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積層型人工筋肉を用いたアクチュエータの実験装置 |
PVCゲル人工筋肉の最大の特長は、軽くて消費電力が少なく、音が静かなこと。歩行を補助する先端技術としてはモーターを使った装着型のウェアラブルロボットの開発が知られますが、PVCゲル人工筋肉のアシストスパッツは、モーターより遥かに軽量で、消費電力は数mW〜数W程度と省エネ効果もバツグン。不快なモーター音もなく、人体への負担を大幅に低減することができます。
橋本教授の研究室では、モーター型ウェアラブルロボットタイプの研究にも取り組んでいますが、人工筋肉のアシストスパッツはその進化型と位置づけられており、最終的には「衣服感覚で着られるタイプ」の開発を目指しています。
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リンパ浮腫ケア用マッサージ器への応用 |
「現在のモデルは積層型をベースにしているので、まだ大きすぎる。装着すると、体の上にもうひとつ筋肉を付けたるような感じになってしまう。これをシート状の構造にして伸縮するタイプを開発するのがプロジェクトの目標。幸い信州大学の繊維学部は衣服、織物などの技術研究が非常に盛んなので、そういう研究とも連携して、軽くて薄い、伸縮性の高い繊維のような人工筋肉を開発したい。言わば塩ビで出来た衣服のような感覚で、これが完成すれば、人の動きと一体化した従来にない画期的なインテリジェント・ウェアになると思う」
●さらなる低電圧化で安全性を確保
ところで、電圧を掛けるとなぜ塩ビのゲルが収縮するのか、そのメカニズムはまだ完全には解明されていません。現象の説明としては、プラス電荷を帯びたメッシュ側にゲルが引き寄せられ、メッシュの隙間に入り込んで変形するのではないかと考えられていますが、橋本教授は「ゲルの素材として塩ビ以外の樹脂についても試してみたが、塩ビ以外でこういう現象はまだ発見されていない。電気陰性(Cl−)の大きい塩ビの特性、さらには可塑剤も影響している可能性がある」として、このメカニズムの解明を今後の課題に挙げています。
また、低電圧化の向上も課題のひとつ。「これまでもゲルを薄くする、電極形状を改良するなど、いろいろ低電圧化に取り組んできたが、アクチュエータとして十分な機能を得るには、まだ300ボルト程度の電圧が必要。電流はほとんど流れないので実際の危険性はないが、万一電源が壊れて過電流になったりしないよう、本質的な安全を確保しなければならない。人の体に使う以上、機器としての安全性の追求は最も大切な問題だし、低電圧化が向上すれば回路もさらにシンプルにできるので、全体の軽量化にもつながることが期待できる」
●国内外で高まる注目
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健康な生活を支援する |
PVCゲル人工筋肉への注目は、国内外で高まりつつあります。人工筋肉の研究は海外でも行われていますが、ヨーロッパは電界により歪みを起こさせる誘電エラストマー(ゴム状弾性を有する樹脂)を使った研究が主体で、塩ビのゲルを使った人工筋肉は橋本教授の取り組みが唯一の事例。誘電エラストマーの場合、塩ビゲルとは桁違いの高電圧(数千ボルト)が必要となります。
「500万回以上もの収縮にも耐える」というPVCゲル人工筋肉。耐久性も極めて高く、将来的には人工心臓への応用など、その可能性はますます広がっていきそうです。
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PVCゲル人工筋肉を作製する様子を見せてもらいました。(左から)シャーレからゲルを取り出し、ステンレスの箔に乗せて、電極のついたメッシュをかぶせて出来上がり。研究所の手作りのゲルは、厚さわずか0.2mm。橋本教授は「可塑剤についても独自に研究しているが、より良い特性のものがないか専門家のアドバイスがほしい」と、塩ビ・可塑剤メーカーの協力を期待しています。 |
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