今回のさきがけ人は、プラスチックのゲルを用いて世界初の3Dゲルプリンターを開発した山形大学の古川英光教授(ライフ・3Dプリンタ創成センター(LPIC)長/ソフト&ウェットマター工学研究室〈SWEL〉代表)。人工血管や人工関節への応用も期待される研究成果もさることながら、3Dプリンターを核とした人材育成や地域振興の取り組みも、古川教授のメインテーマのひとつ。気鋭の高分子化学者が語る「学びの真の楽しみ」とは−。
●3Dゲルプリンターの開発
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3Dゲルプリンターの可能性
3Dプリンターには、材料を溶かして積層造形する積層型、材料を光で固めて積層造形するインクジェット型などがあるが、3Dゲルプリンターは液体材料を光で固めて造形するバスタブ型。
柔らかすぎて、切削が難しい、形状が変わりやすいといった高分子ゲルの弱点を、高強度ゲルを用いることで克服。光ファイバーからのUV照射でゲルを固めて造形する。造形物は生体軟組織と似た機能を有し、人体への影響が少ないことから、医療分野(人工血管、人工関節)はもとより、美容・食品分野などへの応用も期待されている。 |
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大学院生の頃から高分子ゲル(高分子を化学結合させた網目構造の内部に液体を閉じ込めた材料。固体と液体の中間的な性質を持つ)の研究をしていたんですけど、日本で高強度ゲル(高分子ゲルの構造を変えて機械的強度を高めたもの)という材料が出始めたのは2000年前後のことで、私は既に博士号を取って(1996年)、プロとしての研究生活をスタートしていました。
当時私も、これで何か造形できたら面白いだろうな、誰かやってくれないかなとは思っていたんですが、何分生まれたての新素材ですから、なかなか使い道が見つからない上に、簡単に自由な形を作り出す技術がないこともあって、誰も手を着けようとしないんですね。
それで結局、じゃあ自分でやってみようと思って、前々からレーザーでゲルを反応させて自由に造形できるツールがあったらいいなあと考えていたので、2009年に北海道大学から山形大学の機械システム工学科に移動したのをきっかけに、自分で作り始めたわけです。
その頃、私はまだ3Dプリンターという言葉自体知らなくて、完成したときも「こういうのは何て呼べばいいんだろう」なんて学生と話していたんですけど、インターネットで調べたら3Dプリンターという言葉がもうちゃんとあるってことが初めて分かったんです。つまり、私より前に3Dプリンターという機械が開発されて実用化されていたわけですけど、私のほうは高強度ゲルで何とかやってみようと思って、たまたま同じような技術に行き着いた、というのが正直なところです。
ライフ・3Dプリンタ創成センター
2013年6月、3Dプリンター技術の最先端研究拠点として山形大学工学部内に発足(建屋は2015年度末に完成予定)。さまざまな3Dプリンター機器を導入し、ここをプラットホーム(グローカル・メイカーズ・プラットホーム)として、研究データの蓄積はもちろん、新たなものづくりスタイルの確立(地域企業との製品開発)や人材育成を図る。
技術を市民に分かりやすく伝える活動も積極的に行っており、昨年8月、JR米沢駅2階に最新の3Dプリンターなどを活用できる「駅ファブ」を開設したほか、今秋からは高畠町の廃校を活用した「熱中小学校プロジェクト」との連携もスタート(本文参照)。同センターの事業は、内閣府が創設した戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の「革新的設計生産技術」に選ばれている。 |
●3Dプリンターは多様な技術の集積
試行錯誤なんてことも余りなかったですね。というのも、北大にいた時にゲルの表面にレーザーでパターンを描いたりする研究をやっていて、例えば再生医療で血管の細胞を培養する場合、その前段階の仕事としてゲルの上にパターンを描いてその上に細胞を線状に並べていくといったことをやるんですけど、そんな研究に携わっていたお陰で、高強度ゲルを使うと結構積み上げていったりできそうだということが感覚的に分かっていたんです。それで、学生に手伝ってもらって作り始めたら、結構すぐに出来ちゃいました。
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ライフ・3Dプリンタ創成センター整備による
グローカル・メイカーズ・プラットホーム構想 |
Dプリンターにはいろいろな技術が集まっていますが、ひとつずつを見ると、ステッピングモーター(電気パルスの入力回数によって回転角度や速度を制御できるモーター)とか制御ボードとか、決して最新の技術じゃないんですよ。割合普通にある技術の組み合わせなんです。
当初は「3次元のものを印刷する」って言葉としてどうなんだろうという違和感もあったんですけど、半年ぐらい経つと、だんだん「まあ、それでもいいか」という気がしてきましたね。
●融合による価値創造
ゲルプリンターに限らず、3Dプリンターというのは、機械とか材料とか電気制御とか、あるいはコンピュータとかデザインとか、いろんな分野を横断した融合技術であって、おそらく将来はもっと多様な技術が3Dプリンターを中心に融合していくと思います。実は、この「融合による価値創造」ということこそ今の学問の世界で最も求められているテーマなんですが、日本はそういうことを包括的にやっていく人材が乏しいというか、苦手なんですよね。どうしても何かひとつことを掘り下げて、そこだけで得意になる傾向がある。それで、そういった人材や技術の融合の場を育てていきたいということもあって、ライフ・3Dプリンタ創成センターの取り組みを始めたわけです。
センターが発足した2013年というのは、折りしも3Dプリンターブームが始まった頃で、前学長の結城章夫先生からも「人材育成みたいなことをやるんだったらセンターを作ってやったらいいんじゃないか」とお力添えいただきました。現在、機械系とか材料系とかバイオ系とか関連するいろんな分野の先生にお集まりいただいて、県や地元の企業とも連携して、新たなものづくりの拠点化を進めているところです。
●新技術の面白さと出会えるキッカケ作り
「熱中小学校プロジェクト」とは―
「もう一度7才の目で世界を…」を合言葉に、高畠町と山形大学、企業などが連携した地方創生プロジェクト。1970年代のテレビドラマ「熱中時代」の舞台となった時沢小学校(2010年3月廃校)を「大人たちの学びの場」として開放し、企業経営者や、大学の研究者など経験豊富な「教諭」が、月2回(隔週土曜日の午後)、ボランティアで自分の得意分野(経営哲学や最新技術、体育、道徳まで)を、大人の「生徒」向けに授業を行う。理科室には最先端の3Dプリンターを設置し実習できる。 |
それと、この10月から小学校の廃校を活用した「熱中小学校プロジェクト」という取り組みが、県南の高畠町(山形県東置賜郡)というところで始まるんですけど、そこの理科室にも3Dプリンターを置いて、参加者に自由に体験してもらおうと考えています。
こうした取り組みを通じて何をしたいかというと、突き詰めれば、新しい技術、その面白さと出会えるキッカケ作りをしたいということなんですね。私は子どものころ電気少年で、秋葉原に通って電気のことを学んだりコンピュータに詳しくなったりしたんですけど、自分で大学の教員をしていながら言うのも変ですが、新しい技術とか化学というのは、興味のある人が自分で率先して主体的に学んでいくもので、大学の座学で得たものだけでは殆ど役に立たないんです。
だとしたら、そういう最新の技術に出会えて、かつそれを使いこなせる人からいろんな情報を聞けるような場を作らなければならない。昔は模型屋さんなんかに行くと、すごく詳しい店長がいて、マニュアルを読んでも絶対知りえない情報とか使い方を学べたものですが、今はマニュアルで動いている人たちばかりで、そういう有益な知識とか経験、技術を伝える民間の施設がないんです。秋葉原でさえそんな魅力はなくなりつつあります。
だからこそ、3Dプリンターというテクノロジーの周りにそういう場所を作りたいんです。駅とか廃校利用のプロジェクトに3Dプリンターを置いて、そこに集まってくる人たちの中から地域とか世代、性別、文化を超えた繋がりが自然発生的に生まれてくる。いろんな経験を持った人が、私が幼かった頃のようにマニュアルでは分からない情報を教えてくれて、新しいテクノロジーが趣味や遊びとして広がっていく。そういう可能性を期待しているわけです。
お仕着せの知識には新しい発見はありません。自分で主体的に学んでいく中にこそ真の楽しさや驚きがあるんだと思います。化学って、本当は楽しくて、心を豊かにしてくれるものなんです。
【取材日2015.9.29】
略 歴 |
ふるかわ・ひでみつ
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米沢駅の「駅ファブ」に集まった若者たちと |
1968年、東京生まれ。1991年埼玉大学理学部物理学科卒。1996年東京工業大学大学院理工学研究科物理学専攻博士課程修了。北海道大学大学院理学研究科生命科学専攻助教授、山形大学大学院理工学研究科機械システム工学分野准教授などを経て、2012年から現職。2013年ライフ・3Dプリンタ創成センター長に就任。高分子学会理事。
M&M若手研究者のための国際シンポジウム(日本機械学会)優秀講演表彰(2010年)、平成22年度科学計測振興会賞などを受賞。2013年には、「科学技術への顕著な貢献2013」(ナイスステップな研究者)にも選定された。 |
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