ソフトパワー強化で産廃業界の新時代を拓く
事業の土台は社員の人間力と現場力。
変貌する化学系産業廃棄物の無害化処理
(社)東京産業廃棄物協会理事・女性部代表
(株)ハチオウ代表取締役社長/環境カウンセラー 森 裕子 氏
●フィルム廃液中の銀リサイクルが第一歩
当社は、化学系廃棄物(特別管理産業廃棄物)の処理業を主業としておりますが、もともとはフィルム製造の廃液から銀を抽出してリサイクルするために、夫(森雅宜氏。現ハチオウ会長)が昭和47年に設立した会社です。
実家が(株)森銀器製作所という金銀製品の製造・販売会社で、子供の頃より家業を手伝っていました。当時は輸入の銀地金がなかなか手に入りにくく、この状況を何とかしなければならないということでフィルム廃液の中の銀に着目したわけです。
つまり、銀器製造に原材料を安定供給することにより、完全リサイクルシステムを構築したのです。ちょうどその頃は、水俣病をはじめとする公害問題が大きな社会問題となっていた時期で、昭和42年に公害対策基本法、45年には廃掃法(廃棄物の処理及び清掃に関する法律)が制定されるなど、廃棄物対策の転換期を迎えようとしていました。
一方、フィルム廃液から銀を回収するという作業は、廃液ばかりでなく、それに附随して出てくる様々な廃棄物やその中の有害物を処理する技術が必要とされます。「産廃処理時代」の到来を予測していた夫は、昭和49年に産業廃棄物の中間処理業者の認可を取得して現在の事業を始めたわけです。
当社は廃プラスチックなど一般的な産業廃棄物の処理システムも備えていますが、基本的には化学系廃棄物の処理が事業の幹の部分で、そこに特化したことがハチオウの独自性を決定したといえます。
30年前にくしくも銀の完全リサイクルの仕組みをつくったのです。
●「お客さまの環境ブランド向上」をめざして
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経営理念の基本は人材教育 |
化学物質のリスク管理は現代社会の最大テーマのひとつです。化学系廃棄物というのは廃棄物全体の0.3%しかない狭い世界ですが、生態系や私たちの生活への影響という点では他の廃棄物などよりもはるかに深刻な問題を抱えています。
そうした意味では、化学系廃棄物に特化して一筋に取り組んできた体験の積み重ねが、ようやく社会の目にふれる時がきたと思っております。
これからの産廃処理業界は工場や設備といったハード重視の時代から、過去の経験の蓄積を活かしつつ社員の能力をどう高めて行くかというソフト展開の時代に入ってくると思います。
「お客さまの環境ブランドを向上させること」こそ当社のあるべき姿だと考えています。処理することはもとより、お客さまの化学系廃棄物安全管理の提案により、立体的に環境施策の提言が可能です。
そのためには何より社員の育成が基本になります。まず「若い社員の現場力と人間力・人間愛のある真実の経営」を土台に、化学系の廃棄物処理という幹の部分を育てて、川下から川上へ提案していく。それが当社の基本的な経営理念です。
社員の質が下がれば企業は市場から期待されなくなります。社員ひとりひとりの価値を上げるソフトパワーの強化、内側からにじみ出てくる人間としての魅力、それこそがこれからのハチオウにとって最大の強みになるようにしていくことが求められます。
●大切なのは「変化すること」
実は、ソフト面への展開ということに関して、処理困難な化学系廃棄物を多品種少量でひとつひとつ地道に処理してきた経験と社員の育成という点でも、これは有望な事業になると思います。
研究テーマはいくらでもあります。お客さまから集まった処理困難物も貴重な研究テーマになりますし、社員の日報を見れば、日々の仕事での気付きやお客さまの要望など、毎日のチェックが楽しみです。
10数年前にも同じようなことを考えたことがあります。人を育てるには環境の学校を作ってしまうのがいちばん手っ取り早いと考えて会社に提案したのですが、当時の役員陣からはまったく取り合ってもらえませんでした。自信のあった提案だったのでとても悔しく思いました。あの時にそれができていれば今頃は面白かったのにとも思います。
いまようやくそれに似たことを復活する材料が揃ってきたというわけで、計画はまだスタートを切ったばかりですが、ここにきて会社の方向性もだいぶ転換してきたと実感しています。私は机の後ろに「変化」という額を掲げているのですが、そうした流れを社内は理解してくれているようです。
●廃棄物の新時代を創る女性の知恵と元気さ
私は現在、東京産業廃棄物協会の理事と女性部の代表を兼務していますが、全国で女性部があるのは東京だけで、女性経営者、幹部社員で成り立っています。
今更「女性部」ということはよく議論されるところですが、産業廃棄物はハード色が濃い仕事です。しかし、実際の廃棄物現場は男性主導で進められているとは言うものの、そこにひそむビジネス革新の智恵は女性の中に多くひそんでいるように思います。
女性の元気と真面目さ、ひたむきな真剣さの中に、廃棄物の新時代を創り上げる発想が多くあることを見逃してはいけないと思います。
一人ひとりの価値を上げるソフトパワー、強制的な力よりも、内側からにじみ出る人間の魅力、これを集約することがこの業界はもとより、環境改善に欠かせないと思っています。
●一人ひとりの社員の元気が生きがい
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東京産業廃棄物協会の
女性部幹事会風景(中央が森社長) |
ふりかえってみると、私がやってきたことは終始一貫して人に関わることだったようです。ハチオウの設立と同時に経営に参加したのですが、もともとは専業主婦でした。現会長の手のまわらないところ、つまり人の問題ということに結果的にはなったのでしょう。
しっかりした先駆的構想で始めた仕事でしたけれど、当時は廃棄物から有価物である銀を回収して有害物を処理するという仕事の価値をを理解しくれる人はごくわずかで、とにかく人材が集まらない。はじめの10年は中途採用や学生アルバイトで何とかやりくりしなければならない始末でした。当然利益にもつながりません。
初めて新卒採用に踏み切ったのが昭和57年。ところが、職安に行っても「産業廃棄物?そんな職種はないよ。サービス業にでも入れとくか」って感じで、それではと学校を直接訪問してみてもまともに相手にしてくれない、そんな時代でした。
その後、平成9年に夫が事故で大怪我をしたのをきっかけに、当時の不景気も重なって業績が急速に下降しはじめたときも、私がいちばん気になったのは疲弊しきった社員の顔でした。結局平成16年に夫は会長に退き私が社長職を受け継ぐこととなりましたが、就任してまず最初に現場訪問から手を着け現場から学びました。
私自身は営業も実際の廃棄物処理もできないし、分析のお手伝いもできません。事務処理も苦手でできないことばかりですが、ただ社員を元気にすることだけはできる。それが私の天職だと思っています。
私の実家は蕎麦屋で、父はほんとうに社員に責任を持ち大切に、多くの人を自立の道へ導いた人でした。幼い頃からそうした父の姿を見ていた私も、知らず知らずその影響を受けているのかもしれません。
(株)ハチオウ
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環境シンポジウムの風景 |
昭和47年2月、銀回収業の八桜メタルとして設立(昭和60年現社名に変更)。本社=東京都台東区東上野。日本における化学系廃棄物処理のトップランナー。「多品種少量処理」を基本に、大学や企業の研究室から廃棄される試薬や薬品類、印刷から出るPS廃液などのほか、工場の廃油・廃液類、フロンガスの回収処理など幅広い事業を展開している。近年は企業の環境汚染防止設備の設計・施工、環境分析などのサポート業務も手がけ、環境の総合コンサルティング企業としても注目される。また、環境活動にも積極的で、社員の環境研修会や顧客への情報提供セミナーなどのほか、1992年から開催している環境シンポジウムは企業や識者の間でも評価が高い。ホームページはhttp://www.8080.co.jp。 |
略 歴 |
もり ひろこ
東京都生まれ。大妻女子大学卒。
1973年八桜メタル(現ハチオウ)の設立に参画。業界でいち早く新卒採用に踏み切るなど、総務や人事などの業務で手腕を発揮する一方、環境勉強会「銀の森倶楽部」の設立(1996年)、沖縄のサンゴ保護プロジェクト「チーム美らサンゴ」への参加(2003年)など環境活動にも従事。2004年代表取締役就任。2005年10月には環境省の「環境ビジネスウィメン」第2期メンバー9人のひとりに選ばれた。その経営理念と環境哲学は『エコゴコロ-環境を仕事にした女性たち』に詳しく紹介されている。
(社)東京産業廃棄物協会理事・女性部代表、(財)日本環境協会こども環境相談室相談員。 |
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