2004年3月 No.48
 
JPEC講演会レポート

 「環境問題―何が最も重要か」をテーマに、
  国連大学・安井至副学長、読売新聞・小出重幸氏が講演

 

    塩化ビニル環境対策協議会(JPEC)の国連大学セミナー「環境問題―何が最も重要か」が、2月2日午後、東京都渋谷区の国際連合大学国際会議場で開催され、同大学副学長の安井至教授と読売新聞科学部の小出重幸次長が、それぞれの立場から環境問題の解決へ向けた提言を行いました。  

 

1.環境問題の変質 もっとも重要なことは何か?

国際連合大学副学長  安井 至氏

  安井教授の講演は、環境問題の変遷をたどりながら産業界、一般市民それぞれの今後の対応策などを提示したもの。
 話の前段で安井教授は、日本の環境問題が水俣型公害問題や交通公害などの初期段階を経て、ダイオキシン問題、地球温暖化問題、さらには持続可能型問題へと移行するにつれて、「当初は明確に特定できた問題の原因、加害者、被害者、解決策が極めて曖昧になってきている」と指摘。そうした状況の中で、日本が今後環境対応を進めて行くには、次の「六つの条件プラス一つの責任」を基本に具体的な取り組み策を考えていくべきだとしました。

【六つの条件プラス一つの責任】

  1. 資源生産性(GDP÷資源採取量)の向上
  2. (1)循環利用率の向上、(2)最終処分量の大幅削減、
    (3)二酸化炭素排出量の削減、(4)有害物質削減への適切な対応、(5)生態系保全
  3. 「排出者責任」「拡大生産者責任」

 また、安井教授は「これから先の日本にとって最も重要なのは、非持続型の社会をどうやって持続可能型に変えていくかということだが、そのためには経済的な仕組みをどうするかということだけでなく、たぶんモノを作る側と使う側の協調が問題の“解”になるだろう」として、持続可能型社会の構築には産業界と市民との協調が不可欠であるとの考えを示しました。

 

■ ポジティブイメージ形成が必須の課題

 その一方で安井教授は、産業界と市民が協調していく上での問題点について、
 「現在の企業の環境対応は、人類全体の持続可能性を考えたものではなく、実は一般社会から攻撃されるビジネスリスクの回避が目的だ。一方、一般市民のほうにも、マスメディアなどからの情報で、人への健康リスクは“無害化”によって減少するというバランスを欠いた思い込みがあり、そうした市民レベルに合わせた対応に終始している限り企業の環境対応は持続可能型にはつながらない」と分析。企業の環境対応が真の持続可能型へ向かうには、「市民レベルの向上、市民の意識改革を先行させ、それをきっかけにした製品対応を進めていくことが重要」と強調するとともに、「市民の意識変革にはまずリスク不安を解消することが必要であり、その上で着陸地点を決めた議論を社会全体で行うことが持続可能型社会への大前提になる」として次のように述べました。
 「市民は自分たちのリスクが相対的に安全だと認識できてはじめて将来世代のことを考える余裕が生まれる。従って、日本が持続可能型に向かうためには、現在の日本の健康リスクが、乳児死亡率や化学物質の管理体制などから見て世界的にも最良の状態にあることを市民に理解してもらい、まず人々のリスク不安を解消しなければならない。その上で、人への健康リスクばかりでなく、地球の限界(資源エネルギーと生命体の限界)という大きな境界条件を立てて、長期的な視点で総合的に物事を考えていくことが必要だ。例えば50年後の鉄鋼やポリエチレンの生産量と消費量、あるいは電力消費量や二酸化炭素の排出量が、1人当たりまたは日本全体でどうなっているのかといったことを考え、そこへ向かってどういう経路で着陸するか、軟着陸型がいいのか曲芸的な急降下型がいいのかといった議論を社会全体で行っていくことが大前提になる」
 また安井教授は、持続可能型社会への具体的な取り組み策として、企業と市民が相互に作用し合う「持続型製品と持続型消費の結合」という考え方に言及。「例えばすべての製品にエネルギー消費量と環境負荷量などの情報提供の義務を課して、電気洗濯機であれば、『今日の二酸化炭素排出量は洗濯に20グラム、乾燥に200グラム』といったようにサービス別に分かりやすい表示をする。そうすれば、使う側も節約するうれしさを実感して満足できるし、満足したことをメーカーに伝えることでさらに商品がよくなる。こうしたエコプレミアム商品、あるいはそれを使うエコプレミアム・エグゼクティブといったものを作って、市民と企業が相互作用していく社会を作れば持続型に向かえるではないか」と述べました。

 

[プロフィール]安井 至 (やすい いたる)

昭和20年東京生まれ。東京大学工学部卒。工学博士。環境省中央環境審議会総合政策部会臨時委員、日本環境学会理事。
東京大学生産技術研究所教授、国際・産学共同研究センター長などを経て、平成15年12月から国際連合大学副学長に就任。『環境と健康』『市民のための環境学入門』『環境と健康―誤解・常識・非常識』(いずれも丸善)『リサイクル―回るカラクリ止まる理由』(日本評論社)など多数の著作に加え、テレビ、雑誌などのマスメディアでの活躍、さらにはご自身のホームページでの情報提供などを通じて、環境問題について幅広い提言を行っている。

 

2.化学物質問題と報道

読売新聞 編集局科学部次長  小出 重幸氏

 小出氏の講演は、科学部記者として長年科学の現場を取材してきた経験を通じ、科学知識の正しい理解へ向けたサイエンス・コミュニケーションの必要性などを訴えたもの。
 小出氏はまず、98年のダイオキシン・環境ホルモン問題発生当時の新聞や雑誌の報道が、当初の冷静な表現から『狂気の化学物質』『見えない猛毒』といった過激な表現にまで次第にエスカレートしていった経緯を例に、何が正確な科学情報の提供を阻害しているのかをメディア、科学者それぞれの側から分析。
 メディア側の問題としては、「問題の全体を見る前に日々飛び込んでくるニュースに対応して一日が終わる」「『人が犬を噛んだ』的な突出したニュースを重視する」といった業界の特性に加えて、「化学用語に対する記者の理解にも貧弱な面があること」、科学者側の問題としては「専門領域に細分化した結果、境界領域や複合領域まで含めた全体像を見ようとする視点が少ない」「一般市民に分かりやすく伝える修辞学、日本語での表現方法が極めて遅れている」「社会に理解を求める努力(アカウンタビリティ)を否定的に見る科学者が多いこと」などを指摘しました。
 その上で小出氏は、市民に正しい科学情報を伝えるためには、メディアと科学者双方の努力による「サイエンス・コミュニケーションの確立が不可欠」として、「科学ジャーナリズムは、メディアの影響力の大きさを自覚して、常にリスクとベネフィットという視点を通してモノを考え、記事を書くこと。科学者は、市民に分かりやすい科学の表現法、修辞学を早期に作り出さなければならない」と訴えました。
 また、科学の正しい理解を損なう擬似科学(すべての化学物質が被害をもたらすかのような議論や、ポリフェノール化合物、マイナスイオンの健康効果など)を増幅させないことも大切だとして、「あらゆる化学物質にリスクと効用があって、そのバランスの中で製品を使っているという当たり前の理解を広げる努力が、メディアと科学者双方に望まれる」と述べました。

  

[プロフィール]小出 重幸 (こいで しげゆき)

昭和26年東京生まれ。北海道大学理学部高分子学科卒。昭和51年読売新聞社入社後、東北総局(仙台市)、社会部、生活情報部を経て、平成5年から科学部に在籍。現在、科学部デスク。医療、医学、地域環境、原子力、基礎科学などを担当。主な著書に『ドギュメント・もんじゅ事故』(共著、ミオシン出版)、『環境ホルモン 何がどこまでわかったか』(共著、講談社)、『日本の科学者最前線』(共著、中央公論新社)、『ノーベル賞10人の日本人』(同)、『地球と生きる 緑の化学』(同)などがある。