1997年6月 No.21
 
ダイオキシン問題と塩ビ

   望まれる冷静な議論、塩ビ業界は問題解決へ向け
   世界的な協力体制確立を

 

 国立公衆衛生院 廃棄物工学部長(工学博士) 田中 勝

●不明な点が多いダイオキシンの危険性

 
  ダイオキシンが極めて毒性の強い物質であることは確かですが、その危険性については、まだ分からない点がいろいろあります。慢性毒性や発癌性にしても実は分からないことだらけと言ってもいいくらいです。一般にはベトナム戦争の枯れ葉剤やイタリアのセベソで起きた事故(1976年、セベソの化学工場の爆発で大量のダイオキシンが飛散して被害が出た事故)などからの連想で極端に危険なものと受け取られているようですが、枯れ葉剤の被害にしてもダイオキシンとの因果関係が完全に解明されているわけではありません。
  最近は焼却炉のダイオキシンが問題になっていますが、都市ごみや産廃の焼却でダイオキシンによる健康被害が発生したという事例は報告されておらず、水俣病のように疫学的にその危険性を証明したデータも存在していません。現在、癌による死亡率は全体の3分の1ぐらいに達しますが、これが本当に焼却場のダイオキシンが原因で増加したものなのかは究明しようがないのです。
  ただ、少なくとも現在の考えでは、ダイオキシンの曝露量には一定の閾値があって、それ以下であれば人間の健康に被害は出ないというのが専門家の一致した見解です。その閾値を厚生省は10ピコグラム(1ピコグラム=1兆分の1グラム)以下としており、焼却炉の排ガスの場合なら1立方メートル中80ナノグラム(1ナノグラム=10億分の1グラム)以下であれば、最悪の場合を考えても曝露量が10ピコグラムを超えることは考えられない。マスコミは80ナノグラムを超えていると大問題であるかのように言いますが、決してそうではないのです。
 

●無塩素のガソリン排ガスから検出の例も

 
  ダイオキシンは焼却場だけから発生するのではありません。タバコでも火災でも、あるいは野焼きをしても、ものが燃える過程ではすべてからダイオキシンが発生すると考えて間違いないでしょう。塩素を含まないガソリンの排ガスからさえダイオキシンが検出されることもあります。
  この場合はエンジンオイルや空気中の塩素が発生源になっているのではないかと考えられます。どんなごみの中にもダイオキシン生成に必要な炭素、水素、塩素は必ずあるので、ごみを燃やせばダイオキシンが生成されます。
  このようにどこからでもダイオキシンが検出できるようになったのは、分析技術の精度が高まった結果であって、現代になって環境中へのダイオキシンの排出量が増えたためとは考えられません。むしろ、各家庭でものを燃やしたり、野焼きや焚き火の多かった昔に比べれば、最近の焼却技術の発達で大気中への放出量、人間に曝露されるダイオキシンの量は減っている可能性さえあり、私はそのことを何とか数字で証明したいと考えています。
  それから、これは厚生省のガイドラインを作った時にも問題になったことですが、我々一般市民に暴露されているダイオキシンは、ほぼ97%食品を経由して入ってくるのです。しかも、その食品の5割以上は輸入品です。つまり、日本の環境をいくらよくしても輸入食品のダイオキシンを防がなければ問題の解決にはならないということも考えておかなければならないことだと思います。
 

●塩ビをなくせば問題は解決するのか?

 
  塩ビがダイオキシンを生成する原因物質のひとつであることは確かですが、今言ったように塩素系のプラスチックだけが発生源ではなく、塩ビをなくせばダイオキシン問題がすべて解決するかのような最近の議論は、やはりちょっと行き過ぎではないでしょうか。
  例えば、プラスチック類を燃やしている川崎市に比べて、分別している東京都23区の焼却炉でダイオキシンが減っているかというと、実態は決してそうではない。
  要するに、ダイオキシンを減らすためには、きちんと完全燃焼してダイオキシンを分解すること、さらに排ガス中に残っているものはきれいに除去してやること、この2つ以外に方法はないのです。燃やす原料を管理することでダイオキシンが減らせると考えるのは過大な期待です。
  社会にとってある物質が必要か否かを判断する際には、その利便性と経済性、環境性、さらには代替品のメリット・デメリットを総合的に判断して、そのモノを排除するか残すべきかを考えるというのが正しい姿勢であるはずです。ダイオキシンの発生に寄与しているものはすべて排除しろという論理は極端であって、私はもっと冷静な議論を社会に期待しています。
 

●リスクコミュニケーションも重要に

 
  むろん、塩ビ業界も自分の作る製品がダイオキシンの発生源のひとつであるという責任は今後も持ち続けてほしいと思います。ごみは消費者が出すもので我々は関係ないといった態度では通用しないし、具体的にはダイオキシン対策を考えた完全燃焼の方法を業界全体として研究していくこと、また、
 処理費用や再生コストの面でも世界の業界が連携して共通の方法で分担していくといった地球的な取り組みが望まれます。世界のすべての塩ビ製品にそういう費用が含まれていて、国際競争力も平等という形を協力して作り上げていくことが大切です。
  また、時には市民運動の言い分にも耳を傾けてください。そして認めるべき点は認め、反論すべき点はきっちりと反論していく。そうした情報を一般に向かって分かりやすく着実に発信し続けていく努力、それがなれけば一般の人々の不安を納得させることはとうていできないと思います。
  その意味で広報活動は非常に大きな意味と必要性を持っています。実質的なリスクと市民が持っている概念上のリスクのギャップをどう埋めていくか、リスク情報をどうやって正しく伝えていくのかといった、いわゆるリスクコミュニケーションのための広報は、これからますます重要になってくるはずです。
 

●ライフスタイル転換への起爆剤

 
  いずれにしても地球環境問題は長期的視野で取り組むべき課題です。日本ではかつての石油ショックを契機に省エネ、リサイクルの取り組みが始まりましたが、その後、石油価格が低位安定して経済的に見合わなくなったこともあって、その必要性に疑問を唱える人も出てきています。しかし、40〜50年後に資源が枯渇することは絶対に避けられません。せっかく起こした省資源、リサイクルの火を消さぬよう、油断せずに持続していくことが大切なのです。
  そういう意味では、現在の廃棄物問題は非常に分かりやすいテーマだと言えます。埋立処分はもはや限界であり、一方では焼却処理もダイオキシンの問題などでこれまでのようにはいかなくなっている。では、一体どうしたらいいのか。結局はごみを出さない生活へ私たちのライフスタイルを転換していくしか方法はないのです。現在のダイオキシン問題は、そうしたリサイクル社会への転換を進める上でひとつの起爆剤になり得る可能性を持っていると思います。
 
■プロフィール 田中 勝(たなか まさる)
昭和16年、岡山県生まれ。京都大学工学部卒。米ノースウェスタ ン大学で工学博士号を取得後、ウェインステイト大学助教授などを経て、現在、国立公衆衛生院廃 棄物工学部長・地域環境衛生学部長。我が国における廃棄物工学(収集運搬・焼却処理)、ダイオ キシン問題研究の第一人者として、その発言に関係者の注目が集まっている。主な著書に『廃棄物 学入門』『リサイクル‥世界の先進都市から』『地球を救うリサイクル』『日米欧の廃棄物処理問題』などがある。