2024年04月 No.121 

特集 PVCアワード レポート2

芯が見えるボール「hinomarc.(ヒノマール)」
構想10年以上、完成までの道のり/A to KA

 芯が見えるボール「hinomarc.(ヒノマール)」は、A to KA(アトカ)が企画、㈲髙木商店が技術的なバックアップを行なって完成。透明なボール本体から中心球が見えるので、ボールの芯と軸を捉えながら効率的に球技の練習ができる製品です。「PVC Award 2023」では、発想の斬新さと、難しい加工を克服した点が高く評価されて優秀賞を受賞しました。
 今回は、A to KA 代表 葛山真司氏、㈲髙木商店 代表取締役 髙木章雄氏に、「ヒノマール」が完成するまでの道のりと技術上の工夫を、伺いました。

写真:お話しいただいた髙木氏、葛山氏
お話しいただいた髙木氏、葛山氏

A to KA

 愛知県名古屋市を拠点とし、スポーツ用品の販売やイベント企画、環境保護に関連した活動などを行う。代表的な製品の「ヒノマール」は、製品化に際してクラウドファンディングを実施。2023年10月からの一ヶ月間で400名以上のサポーターから支援を受け、目標金額を大幅に上回る資金調達に成功した。台風や雪などの荒天時や感染症流行時でも、自宅で質の高い個人練習ができると好評で、公式サイトから購入可能。

写真:代表的な製品の「ヒノマール」

震災で傷ついた子どもたちを笑顔にするために

 ボールの芯を捉えることは、サッカーやバレーボールなど、あらゆる球技の上達において重要な要素。回転のかけ方や球の進路をカーブさせる仕組みが理解しやすくなります。
 芯が見えるボール「ヒノマール」は、透明なボールの中央に赤い球を配置することで、ボールの中心を確認しながら練習できるように開発された製品です。
 「ヒノマール」の開発は、A to KA代表の葛山氏自身が幼い頃に球技が苦手だった経験から、球技が苦手な子どもたちを助けたいと思ったのが、原動力になっていると言います。
 「2001年頃、すでに『ヒノマール』の開発につながるようなアイデアは持っていたのですが、当時は『誰かが似たようなものを発明してくれるだろう』と、諦めてしまっていました。
 それから時は過ぎて、2011年に東日本大震災後が発生。気仙沼でボランティア活動に参加し、途方もない復興作業の中で、『自分にできることはなんだろう』と考えました。
 そこで、芯が見えるボールの開発に再チャレンジして、被災した子どもたちの笑顔を増やしたいと思い当たり、開発を決意しました」(葛山氏)
 その後、芯が見えるボールを作るために欠かせない透明性と、日々の練習に使えるような安全で衝撃に強い素材を探しているうちに、塩ビ製のビーチボールを利用するというアイデアにたどりついたそうです。㈲髙木商店に自作した模型を持ち込み、社長や製作を担当する工場長の意見を聞きながら、製品化に向けて日々、試行錯誤を重ねました。
 そして2022年、ついに量産モデルが発売。長年、㈲髙木商店と二人三脚で開発を進めてきましたが、そこへ実際に使用した方からのフィードバックが加わり、さらに実用性を高めたボールへと、改良を開始しました。
 「開発から10年以上の時間をかけて完成した『ヒノマール』は、私にとって、実の子どものように大切な存在。丁寧に改良を重ね、愛情を込めて育ててきた製品です。製品化のためには数え切れないほどの試行をしていますし、その度に髙木社長に製作上の工夫をお願いしてきました。上手くいかないことも多かったですが、失敗は常に伸び代と捉えて、諦めずに改良し続ける。その結果、たくさんの人の手に取っていただけているので、非常にうれしいです」(葛山氏)

図
写真

海の恵みから生まれた「ヒノマール」、今後の活躍に期待

 「ヒノマール」は、子どものスポーツの練習に使われるだけではなく、怪我をしたプロ選手のリハビリなどにも利用されています。これまでにない中心球が見える形状に、スポーツ分野以外にも教育の現場からも注目も集まっています。そのほかにも色々な場面での活用が期待されています。
 「『ヒノマール』は、軽量で柔らかいため、子どものヘディングの練習にも最適です。海外では安全性の観点から12歳以下のヘディングが禁止されている国も多数。そのため、海外からの旅行者の皆さんに、『ヒノマール』をお土産として持ち帰ってもらい、世界中の子どもたちに安全にヘディングを楽しんでもらいたいです。メイドインジャパンにこだわって開発された製品だからこそ、日本のものづくりをアピールする機会にもなると思います」(葛山氏)
 また、「ヒノマール」は中心球を除くすべての部分が塩ビ製なので、リサイクルの仕組みも検討中。将来的には、自治体などと協力してマテリアルリサイクルに取り組むことを目指しています。
 「ほとんどのプラスチックが石油のみを原料とする一方で、塩ビの原料は60%が塩。私自身、海洋環境の保全に課題意識を感じているため、海の恵みから作られているのも、『ヒノマール』のとても重要な要素なのです。子どもたちにとって身近なボールが塩ビでできていることは、海洋保全や地球環境について考えるきっかけを増やすことにもつながると思っています」(葛山氏)

写真
写真

画期的なアイデアを支えた
空ビ製作のノウハウ/㈲髙木商店

㈲髙木商店

 1952年に設立、高周波ウェルダー加工を使用した空ビ(空気入りビニール)製品を提供。国内の自社工場で、競技用のビーチボールや店頭に置かれるパンチングPOP、シーリングPOPなどを製造。店頭POPや装飾に使用される空ビ製品は、1個からでも希望の数量にて相談・対応可能。ビジョンは、「お客様の希望を大きく膨らませます」。「ヒノマール」はA to KA 葛山氏が企画を持ち込み、髙木商店の全面的な技術協力のもと、共同で開発された。

「ヒノマール」の独自構造を可能にした技術とノウハウ

 ㈲髙木商店の主力製品は、競技用ビーチボールや店頭・イベントの装飾用POPなど。一見、シンプルな形状に見えるビーチボールには、実は、様々な塩ビ加工方法と技術が駆使されています。
 「塩ビの溶着技術をほとんど網羅して製造されるのが、ビーチボール。ビーチボール製造で培った技術を基礎として、ユニークで複雑な形状の店舗用POPなどを製造しています。『ヒノマール』の製造も、基本的にはビーチボールの製造技術を応用しました」(髙木氏)

写真

 「ヒノマール」の最大の特徴は、ボールの中心を示す赤い中心球(ピンポン玉)を設置していること。中心球は塩ビの帯を捻りながら溶着することで固定されています。本体のボールに空気を入れた際の圧力の高まりで、中心球がちょうど本体の中央に固定されるという、独自の方法を編み出しました。
 ㈲髙木商店は、競技用ビーチボールの製造を得意としているため、強度や耐久性の実現には自信があったと言います。しかし、「ヒノマール」の場合は、中心球を入れることで負荷のかかり方が変化。特定の箇所が破損しやすいという課題は、特に解決まで時間がかかりました。
 「現在の『ヒノマール』の形状は、試作を続ける中で得た経験と、アイデアの偶然性が組み合わさったもの。安全性はもちろん、練習しやすい本体重量や販売価格とのバランスなどを考慮した上で、たどり着いた形です。結果として、中心球を固定する内部構造に捻りが加わることで、ボール本体に衝撃が加わった時にもスプリングの役割を果たし、耐久性の向上につながりました」(髙木氏)

図
2012年、初めての特許(特許第5005119号)を取得
A to KAが模型を持ち込んで製品化が開始した

画期的なボールは、長年の経験と情熱から生まれた

 「ヒノマール」の製品化は、㈲髙木商店の長年の経験と知識に、A to KAのアイデアと情熱が融合して実現。日本のものづくりを支える熟練した職人の技があるからこそ、今までにない画期的なボールが誕生しました。

写真:「ヒノマール」を製造する様子
「ヒノマール」を製造する様子

 塩ビ製ビーチボールは、工程数が多く加工費がかかるため、日本国内の市販品のビーチボールは大半が海外製品。そのような状況の中で、「ヒノマール」は、メイドインジャパンにこだわって製品を製造した、数少ないボール製品なのです。
 「海外の作業員は入れ替わりが激しく、短期間で交代してしまうことが多い一方で、日本の職人は数年から数十年と、その道を長い間続けている職人が多いのが特長。『ヒノマール』を手に取った方から、加工の丁寧さや正確性などが評価されるのは大変うれしいです。世の中の流行に左右されず、暮らしに定着するような製品として親しまれることを期待しています」(髙木氏)
 今回、A to KAと共に「ヒノマール」を開発した経験を通じて、アイデア次第で、これからも斬新な塩ビ製品が開発できる可能性を感じたそうです。
 「私たちは、日々同じ製品を扱っているので、素材や加工に対する知識の蓄積はありますが、固定観念に引き寄せられて、なかなか柔軟なアイデアが思いつきにくいです。その点では、お客様が製品の企画を持ち込んでくれることは良い刺激になっています。製品を作り上げるには、やはり根気と熱意が大切。熱い思いをお持ちの方と共に、今後も製品開発を行なう機会があることを期待しています」(髙木氏)

写真