塩ビ管が「アサリの揺りかご」に
アサリの稚貝育成装置「かぐや」が話題。資源の回復へ、5年掛かりで福岡県が開発
|
福岡県東部から大分県北部にかけて広がる豊前海 |
深刻な不漁が続くアサリ資源を蘇らせようと、福岡県が開発した塩ビ管製の稚貝育成装置「かぐや」が、漁業関係者の期待を集めています。ヤマネの巣など、これまでも野生生物の保護に利用されてきた塩ビ管に、またひとつ新たな役割が。開発を担当した県水産海洋技術センター・豊前海研究所(福岡県豊前市)で、話を聞きました。
|
●1万2千トンが30トンに。激減する漁獲量
|
中川課長 |
「もともと豊前海はアサリやエビ、カレイなどが獲れる豊かな漁場なのですが、昭和の末ごろからアサリの激減が続き、ピーク時には12,000トン近くあった漁獲量もここ数年は30トン程度にまで落ち込んでいます。ナルトビエイなどによる食害の増加、波浪の影響による稚貝の流失などが主な原因と考えられ、県も杭打ち場を造成して波を弱めたり、アサリ稚貝を放流して被覆網で保護したりといろいろ対策を試みたものの、未だに資源の回復には至っていません」と説明するのは、豊前海研究所・浅海増殖課の中川清課長。
そうした中で新たに登場したのが、塩ビ管を利用した稚貝育成装置「かぐや」。県が2010年から5年掛かりで開発したもので、2015年12月に特許権を取得して記者発表すると、アサリ資源回復の切り札になるのでは、と県内外の関係者から大きな注目が集まりました。
●ヒントになった、竹杭の中のアサリ
「かぐや」の開発は、思いがけない発見から始まりました。
「杭打ち場の造成に用いた竹杭の中を当研究所の職員が観察したところ、10〜40mmに育ったアサリが見つかったのです。自然界中のアサリは、産卵・受精をすると浮遊幼生と呼ばれるプランクトン状態でしばらく海中を漂った後、干潟に着底(海底に定着すること)して成長するのですが、その間に多くが捕食、流失などの被害を受けてしまいます。一方、竹杭で見つかったアサリは、浮遊幼生が自然に中に入り、外敵を避けながら自然界の餌を食べ成育したものと考えられました。アサリを増やすため、各地で放流稚貝の人工生産も行われていますが、放流サイズの10mmに育てるまで1年以上を要し、手間や時間が掛かる上、餌代、電気代、資材費など多額のコストが必要になります。この現象を再現できれば稚貝生産の省力化につながるのでは、との思いで装置化へ向けた取り組みが始まりました」
●育成期間は6分の1、生産コストは10分の1
同研究所がまず行ったのは素材の選定作業でした。当初は、既に効果が確認されている竹杭が最適と思われましたが、腐りやすいこと、しっかり固定しないと水に浮いてしまうことなどから、2年間かけて様々な素材を検討した末、「塩ビ管を利用した装置の開発にほぼ見通しをつけることができた」といいます。
「塩ビ管は、加工しやすく取扱いも楽な上、耐候性があり、海水にも沈む。使用するのは普通の水道管で、ホームセンターに行けば安い値段で簡単に手に入ることもポイントになりました」
それから更に3年。管の口径、高さなど、作業に最適なサイズの検討を行った後、2014年にようやく装置が完成。試験では、10mm程度に育つまでの期間が従来の6分の1(2か月)、生産コストは10分の1という大きな効果が確認されています。
ちなみに、「かぐや」というネーミングは、竹杭中のアサリ発見の経緯から、竹取物語になぞらえて命名されたものです。
●他県からも問い合わせが
「かぐや」については現在も、漁港で試験が続けられています。お願いして、試験の現場を見学させてもらいました。
海中には、漁港の岸壁から繋留用のロープで吊るされたプラスチックのかごがズラリ。そのひとつを引き上げて「かぐや」の中を覗いてみると、1cmほどの稚貝がいっぱい詰まって、元気に成長していました。
「稚貝は研究所内で約2カ月掛けて0.5mm程度まで育てた後、『かぐや』に移します。中に入れる稚貝の数は1筒で約2,000個。そのうち生き残るのは4割程度ですが、それでも従来より効率的といえます。つまり約800個が2カ月で1cmに育つわけです」(浅海増殖課の技師・野副滉さん)
現在、「かぐや」で育成した稚貝を網袋に入れ、干潟での育成試験に取り組んでいます。食用サイズ(3cm以上)になるまでナルトビエイによる食害などからアサリを守るためです。ここで好結果が出れば「かぐや」の普及も急速に進むものと考えられます。
「アサリ資源の減少は全国的な問題で、他県からも『かぐや』への問い合わせが多い。場所によってはなじまないこともあるかもしれないが、試してみる価値はあると思う」と中川課長は話しています。
|
|
|
「かぐや」の構造 使用する塩ビ管は市販されている水道用VP管。底面のナイロンメッシュは塩ビのソケット(継手)で固定する。メッシュの目は0.3mmから1mmまで4段階あり、貝の成長、目詰まりの様態などに合わせて交換できる。 |
|
中川課長(右)と野副技師 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
塩ビ管+メッシュ+ソケットが基本ユニット。管の呼び径は10cm、高さは8cm。 |
|
ユニットを2段重ねにして、プラスチックのかごにセット。14個(2×7)まで入れられる。 |
|
岸壁から吊るされたカゴ |
|
揺りかごの中で、稚貝は
すくすくと成長する。 |
|