2013年12月 No.87
 

●化学プロセスとLCAの統合

 私の専門であるプロセスシステム工学というのは、効率的な化学プラントを設計するための学問です。つまり、原料が化学プラントに入ってきて、化学反応で新しい化学物質に変えられて、外に出ていく、そのプロセス全体を無駄のないシステムとして設計することが研究の目的です。博士課程が終わったあと、9年間ほど民間企業で半導体材料とか超電導材料などの基礎研究をやっていた時期があるのですが、その期間を除けば、ずっとプロセスシステム工学と関わってきたことになりますね。
 大学に戻ったのは1996年。当時、環境問題の分野ではちょうどPETボトルのリサイクルなんかが始まっていた頃で、私もシステム工学の研究を続けながら、化学プロセスの効率化を考えるばかりではなくて、その先の消費、廃棄、リサイクルといった社会システムまでを含めて化学物質を最適化していかないといけないのではないか、みたいなことを何となく考えていたのですね。それと、LCAの研究が黎明期を迎えていて、石川雅紀先生(現神戸大学教授)たちが先進的な活動をされていた。それで私も「そうだ。これをやりながら化学プロセスのことを考えていきたい」と思ってLCA研究をスタートしたわけです。
 それ以降、化学物質と社会システム、化学プロセスとLCAの統合といった問題が私の一貫したテーマになっています。

●LCA評価の限界

 LCAという手法は、環境負荷の評価手法としては確立しているといえます。インベントリ・データベースもかなり充実してきているのですが、それで素材や製品選択の意思決定ツールとして十分かというと、まだまだ限界があるというのが私の考えです。
 例えば、食品包装用のラップですが、塩化ビニリデン製とポリエチレン製とどちらがいいかを定量的に評価するのは実はそう簡単ではない。それは密着しやすさとか、食材を保護する能力とか、製品の機能が同じではないからです。
 LCAでは、形式的に一定の量をラップするのにどれだけ原料を使うか、その製造と運搬に消費するエネルギーはどれだけかといった計算はできます。しかし、現実には消費者にとっての使いやすさ、機能性、利便性、満足感といった製品の価値は製品ごとに違っていて、その部分を定量的に評価することは非常に難しい。だとすれば、LCAの評価結果が低いほうを選ぶことで本当に社会はよくなるのか、私たちがモノを選んだり行動したりする指針としてLCAはまだは足りないのではないか、と考えざるを得ません。

LCA(ライフサイクルアセスメント)
 製品およびサービスにおける資源の採取から製品の製造・使用・リサイクル・廃棄・物流等に関するライフサイクル全般にわたっての総合的環境負荷を客観的に評価する手段の一つ(ISO14040の定義)。負荷を与える因子には、水の消費量、累積エネルギー消費量、GHG(温室効果ガス)排出量など多くの項目がある。
インベントリ・データ
 製品のライフサイクル各段階で投入される資源、エネルギーまたは排出物を定量的に分析したデータの一覧表(inventory)。

●ISO14040を超えるLCA手法

 現在のLCAは同じ機能ありきという前提からスタートしていますが、現実の世の中では、機能をいかに高めたり必要なものに絞ったりするとかという所で製品開発が行われています。その観点が今のLCAにはほとんど入らないのですね。
 でも、本当はそこがいちばん大事な部分で、LCAの研究者だからLCAだけやります、というのでは、製品という多面体の中の一面しか見ていないことになってしまいかねません。ほんとうにその製品を見ていないのです。きれいにカットされたダイヤモンドの輝きも、一面だけしか見なかったらツルツルのガラスの表面と変わらないかもしれないですよね。
 人間や組織に影響を与えて動かすことができなければLCAの意味がない、と言えば言葉が強すぎるかもしれませんが、単純にサイエンティフィックに計れない部分、定量的な物差しがないような機能をどう考えるか。変化する機能単位をどう評価するのか。そこをもっと議論しなければいけないのです。
 ISO14040はLCAの原則と枠組みを定めた国際規格ですが(5頁の用語解説参照)、求められているのはISO14040を超えるLCA手法なのです。この点は、これから解決していかなければならない大きな課題だと思います。

●素材だけでいい悪いは言えない

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 それと、これはLCAとはちょっと違いますが、化学物質の使い方という問題も私の研究テーマのひとつです。例えば有機溶剤の問題があります。塩素系の溶剤に対しては「とにかく止めろ」という議論がある一方、産業界ではとても役に立っているわけです。メッキをするにしても、水系より有機溶剤のほうが油汚れがよく落ちていい品物ができるので、コネクターなどを作っている町工場などでも大きな恩恵を蒙っています。それをすぐに止めろというのは話がちょっと違うのではないか、それはモノが悪いのではなくて使い方が悪いのではないのか、というのが私の率直な気持ちです。大事なのは、役に立つ化学物質を作って社会がそれを適正に使っていくことなのだと思います。
 はっきり言えば、素材で良い悪いはいえない、ということが私のいちばん言いたいことなのです。エコマテリアルという考え方と異なりますが、私に言わせれば、マテリアルにエコもエコじゃないもない、人間の行動が素材をエコに変えるのです。素材の良し悪しというのは、毒性の有無だけを見るのではなく、それを適正な場所で適正に使い、どう循環させるか、あるいはどう処分するか、その全体の仕組みの中で判断できるのであって、つまりは人間、組織、社会の問題なのですね。海外のどこかで回路基板が燃やされるかもしれないから鉛の使用を止めろという意見もありますが、ハンダがあったからこそテレビができて情報社会が進んだという面は否定できない。要は使い方の問題なのであって、そこの議論もせずに素材だけで良し悪しを言うのはあまりフェアじゃないと私は思います。

●現場を知ることの大切さ

 環境問題というのはマルチ・ファセット(多面的)、マルチ・オブジェクティブ(多目的)であると同時に、マルチ・ステークホルダー、つまり複数の人や組織が関わってくる問題です。環境負荷のリスクや経済性だけでなく、違う視点を持った様々な人や組織の利害関係が複雑に絡む中で問題の解決を図らなければならない。これをどうするかこそが究極的な研究目標だよねと、私たちは研究室でよく話し合っています。
 例えば、私たちは温暖化対策は大事だと思っていますが、必ずしもそうではないと思っている人も大勢います。LCAの評価も、その重み付けのやり方次第で様々な議論になってしまう。では、それをどうするかとなると、正直非常に悩んでいるところです。今ここでは具体的な解決策は言えませんが、そういう多面性を理解する上では、現場で起きていることを知ることがとても大切です。
 例えば、リサイクルの現場や有機溶剤を使っている町のメッキ工場などの実際の現場を見せてもらって、現場の人の声を聞くと、儲けの薄い商売の中で環境にそんなに金は掛けられないという声もあれば、環境問題への取り組みが経済的メリットにもなるという声も、少しずつではあるけれども出てきている。それらはみんな現場でしか得られない貴重な情報です。
 煎じ詰めれば、LCAも含めて環境学というのは人間の学問です。多面的なこの問題をどの面から見ても正しく判断できるようになるためには、人間社会をしっかり広く見つめていく視力を持たなければならないということです。
【取材日/2013.10.18】

略 歴

ひらお・まさひこ

LCA研究の最前線がわかる第9回日本LCA学会研究発表会が、来年の3月4日〜6日まで、東京江東区の芝浦工業大学豊洲キャンパスで開催されます。

 東京大学大学院工学系研究科 化学システム工学専攻教授。工学博士。研究分野はプロセスシステム工学、ライフサイクル工学、ライフサイクルアセスメント、統合化工学、リサイクル工学。
 1957年、東京都生まれ、81年 東京大学工学部化学工学科卒業。87年東京大学工学系研究科化学工学専攻博士課程満期退学。鞄立製作所基礎研究所主任研究員などを経て、96年 東京大学大学院工学系研究科講師。99年助教授。2006年から現職。
 日本LCA学会副会長、産業構造審議会容器包装リサイクルワーキンググループ委員、グリーン購入法特定調達品目検討委員会委員などのほか、NPOグリーン購入ネットワーク会長を務める。