浅間山ろくの森の中で、塩ビがアートになっていた!
森の展示会「ハクリビヨリ#04」に見る、アートと塩ビの創造的コラボレーション
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浅間山ろくから佐久平を望む |
まずは上の写真。森の中に現われた新生命体、ではありません。実は透明な塩ビシートを素材にしたユニークなアート作品で、現役の美大生や卒業生など若手アーティストのグループ11名が企画した森のアート展「ハクリビヨリ(剥離日和)#04〜小諸×夏×展く(ひらく)」(8月11日〜9月22日、長野県小諸市)に出品されたもの。このアートと塩ビの創造的コラボレーションはどのようにして実現したのか、関係者の話を取材しました。 |
●「濾過」「循環」のイメージを表現
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森の中で自作を語る小林さん |
作品を制作したのは、グループのメンバーで東京芸術大学美術学部4年生の小林美穂さん。タイトルは「artificial filter」。透明なロート型の塩ビのオブジェが、周囲の自然の変化をフィルターのように吸収して漉しとっていく−そんな「濾過」「循環」といったイメージを表現した作品で、木立の間に配置された25個のオブジェが夏の光を受けてきらめく眺めは、まるで人工のフィルターが生々しい命を得たような不思議な浮遊感を漂わせています。
「朝露や真昼の木漏れ日、夕暮れの陽射しなどを受けて、作品は刻一刻違った表情を見せてくれます。また、長く展示している間に雨風に晒されて劣化したり、木の葉とか虫とか、思いもしないものなどが溜まったりしていく。そういう時間軸での変化の過程も、すべて作品の一部なんです」(小林さん)
小林さんが作品の素材に塩ビを用いた理由は「透明感に魅力を感じた」から。「透明な素材を使いたいと思って、何にしようかアレコレ考えていたたときに、塩ビのシートをホームセンターで見つけたんです。厚みも大きさもこれ以外にないというぐらいピッタリでした」
問題は、森の中に1カ月以上も展示して、作品の強度が耐えられるのかということ。「artificial filter」の制作には、カットした塩ビシートを何枚もつなぎ合わせなければなりません。
「最初はアイロンを使って自分で圧着してみたんですが、なかなかうまく接合できなくて、どうしたらいいのか情報を探していたときに、たまたまネットで見つけたのが塩ビ工業・環境協会(VEC)のホームページでした。でも、そこに紹介されていた技術はあまりに高度で私にはとても無理だとわかって、思い切って協会に直接問い合わせてみることにしました」
森と作品の融合。アート展「ハクリビヨリ」の面白さ
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「ハクリビヨリ#04」のポスター
(部分、写真 Shibatsuji Kengo) |
「ハクリビヨリ」は、東京芸術大学在学の有志6名が2009年の夏に、普段制作している作品を集めてグループ展を開いたのが始まり。以後、少しずつメンバーを増やしながら今年で4回目の開催となります。「ハクリビヨリ」とは、「成長する夏の草花のように、出品者各々の制作活動が、展覧会を重ねるごとに一皮剥けて変化していく」という意味を込めたネーミングです。
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「サロン・ド・ヴェール」の
瀟洒な佇まい |
実行委員会の代表を務める田中一平さん(東京芸術大学大学院修了)の話では、ギャラリーの中だけでなく、森の中にも作品を展示するようになったのは第2回以降のこと。「せっかく周りに森があるんだから、この環境を生かした展示会にしようということで、作品の制作もメンバーが現地に滞在してやることになりました。公園などでの屋外展示はよく見られますが、こういう鬱蒼とした森の中の展示会は珍しいんです。一年の中でもっともエネルギーあふれる真夏の森で、作品と自然が融合した不思議なアート体験を楽しんでほしいと思います」
ちなみに、会場のカフェ&ギャラリー「サロン・ド・ヴェール」は田中さんのご両親が経営する店。協力してくれた隣家の敷地も合わせて、広々とした森を散策しながら楽しめる展示会は地元の芸術ファンやマスコミの注目を集めました。 |
●名古屋の森松(株)が全面協力
小林さんの相談を受けたVECでは、早速塩ビの加工に詳しい企業関係者らに問題解決策の問い合わせを開始。名古屋市の樹脂製品メーカー、森松株式会社が協力を申し出てくれたことから、同社の技術担当者と小林さんとの共同作業がスタートすることとなりました。
「まず私の書いた型紙から実物サイズの試作品を作ってもらい、その試作品をもとに、シートの厚みや固さを決めたり、細かい部分のサイズを調整したり、それこそ『ああじゃない』『こうじゃない』といった真剣な打ち合わせをして、最終的な形が決まったんです。高周波溶着とミシン縫いを駆使した森松の皆さんの技術の高さ、こちらの拘りにしっかり応えてくれた熱心さには本当に感謝していますし、これまで接触のなかった世界の人との仕事はとっても刺激的で、面白い経験でした」(小林さん)
森松の技術陣にとっても、日常の仕事と異なる芸術作品の制作は大いに意欲をそそられるテーマだったようで、打合せを行なった7月24日からわずか一週間後には直径80cm〜160cmまで4種類のオブジェ25個を完成し、無事小諸の会場に送り届けるという早業を見せています。
高度なテクニックを身に付けた技術者がアーティストの自由なイメージを形にしていくという創造的なコラボレーションが、こうしてひとつの作品に結実しました。
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不思議なアート体験 |
森の木漏れ日が作品に集まる |
約1カ月の展示で木の葉などが |
細部に光る
加工のワザ |
●もっと素材に出会いたい
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お話を伺った皆さん。上列左から時計回りに、柴辻健吾さん、伯耆田卓介さん、山本一薫さん、永山藍さん、小林美穂さん、田中一平さん。 |
小林さんがその斬新な作品の素材に塩ビを用いたように、革新的な表現を求めるアーティストにとって、素材の持つ意味は非常に大きいといえます。
「新しい表現の欲求と新しい素材というのは直結した関係にあると思う。素材を見てアイデアが湧いてくることも多いので、しょっちゅうホームセンターなどで素材探しをしている。もっと素材に出会いたい、もっと素材を知りたい、という気持ち」
「実際に素材を手に取ってみて、その質感などか閃くこともある。塩ビは透明感、印刷性があって熱溶着できる点が魅力。アートの素材としてかなり可能性があると思う」
「素材を扱う技術情報も大切。以前、新しい素材で作りたいと思っていた作品を、技術がわからなくて布で作ってしまったことがある。あの時もっと情報を知ってたいたらと思う」
「素材業界がオープンに情報提供してくれることを望む。そのことで素材自体の可能性も広がる」
以上は「ハクリビヨリ」の参加メンバーに聞いた、作品と素材をめぐる意見の一部です。この先、若い芸術家たちは塩ビという素材からどんなインスピレーションを汲み取っていくのでしょうか。
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田中一平さんの「Dark Room」。
暗い小屋の中に、光を通す管が一本。植物にとって光の力とは? |
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