2012年9月 No.82
 

「裁断」ひと筋。(有)紅日ビニール工業所の50年

塩ビシートから特殊素材まで。「ハサミで切れる物」なら何でも自由自在にカット

 例えば、こんなとき−塩ビシートを使って新しいデザインの製品を作りたいが、素材のカットが難しくて手間とコストが掛かる。さて、どうするか?(有)紅日ビニール工業所(東京都江戸川区)は、そんなメーカーの悩みを一手に引き受けてくれる裁断加工業界のトップランナー。"より早く、より正確に、より安心で"をモットーに、「ハサミで切れる物なら何でも」顧客の求めに応じて自在にカットする同社の作業現場を覗いてみると−。

● 「どうやって切ったんですか?」

中野社長

 長尺太巻きの塩ビシートが次々に切り分けられ、分厚く束ねたシートの耳が一瞬にして裁ち落とされる。その傍らでは、様々な曲線を持つ部材がチーズのように型抜きされていく― 紅日ビニール工業所の工場に入ったとたん、そんな作業風景が目に飛び込んできます。取り扱う素材(生地)もメインの塩ビ系をはじめ、各種プラスチックのシートやフィルム、紙、布類、さらには植毛、不織布、ターポリン、ガラスクロスといった特殊素材まで、実に多種多様です。
 「生地はね、柔らかすぎても硬すぎても上手く切れない。お客さまはみんな困り抜いた末にうちに頼みに来るんです。中には手で1枚1枚切っていたとか、1年も試したがどうしてもキレイに切れないなんて所もある。そんな話を聞いたら、難しそうだからなんて断われませんよ」と言うのは、同社の中野正弘社長。
 「もちろん、初めての素材もありますから、その場合は素材を少しだけ送ってもらってまず切ってみる。中にはうちの機械でもなかなか上手く切れないものもありますが、そういう時はちゃんと切れるようになるまであらゆる方法を試してみる。とにかく『ハサミで切れる物なら何でも』というのがうちの売りですから、最後はきちっと仕上げてみせます。みんな『どうやって切ったんですか』なんて驚きますけど、そこがノウハウってものなんです」

● 研究と経験の積み重ね

 裁断には、大きく分けると直線裁断と曲線裁断(打ち抜き)の2通りがあり、それぞれ方式も違います。同社では、それぞれについて最新鋭の裁断設備(素材の硬軟を問わず100分の1mmの精度でカットできる直線裁断機、自在な曲線裁断を可能にするポンス型裁断機、直径30cmまでの軟質素材をロール状のまま裁断する押し切り方式のロールカッターなど)を導入、顧客のあらゆる要求に対応できるシステムを整備していますが、中野社長の説明を聞くと、何より大切なのは、研究と経験の積み重ねであったことがわかります。
 紅日ビニール工業所は1952年、高周波ミシンによる塩ビ風呂敷などの加工メーカーとして営業をスタート(法人化は1974年)。62年に江東区から現地に移転した後、規模の拡大に伴い自ら塩ビシートの裁断も手がけるようになり、70年ごろには裁断一本に絞った現在の業態を完成させています。
 「加工をやっていたから、こう切れば加工しやすいといったノウハウを持っていた。その点が評価されて段々外からも注文がくるようになり、扱う素材も塩ビから他の素材に広がってきた。何しろ塩ビ以外に切った経験がなかったので、素材ごとの切り方を徹底的に研究して、ノウハウを蓄積してきたが、それは全て現場の職人が体に叩き込んで覚えたもので、データ化して人に教えられるものじゃない。同じ素材を同じ機械で誰でも同じように切れるというわけにはいかないんです」

     
最新式のロールカッター   直線断裁機No.1   ポンス型裁断機   太巻き対応の裁断システム

● 業界初、太巻き方式で生地ロスを削減

中野謙一郎専務

 こうしたノウハウは裁断機の導入時などにも力を発揮します。機械メーカーの設計どおりではなく、刃の角度や部品の締め具合など、ノウハウに基づいて細かな注文をつけることで、同社の技術に馴染んだ機械にカスタマイズしているのです。同社の最新設備であるロボットアームも、工場の広さに合わせてコンパクトに設計し直してもららうなどして、導入までに1年以上を要したといいます。
 また、巻物の生地について、巻き芯(巻き始め)の生地ロスを減らすため、グラビア印刷業界で普及している太巻き方式を業界で初めて採用した点も同社ならではの対応といえます。同社では「例えば10本分の生地を1本の太巻きにすれば巻き芯の生地ロス9本分減らすことができ、コスト削減につながる」(中野謙一郎専務)との考えから、裁断機の設計を変更するとともに、生地メーカーにも協力を依頼。現在では「規格品は別として別注品は太巻きでの納入が当たり前の状態」になっています。

● 裁断業からサービス業への転換期

カットした端材はリサイクル業者へ

 最盛期には「朝の7時から夜中の2時まで仕事をしても追いつかないほどだった」という同社の事業は、90年代に巻き起こったダイオキシン騒動で大きな痛手を受けました。
 「今でこそ塩ビの良さが見直されて主力に復活しているが、あのときは得意先が半分以下にまで激減してうちも廃業を考えたほど。それが何とか持ちこたえられたのは、塩ビ以外の素材も手広く扱ってきたお陰だった」
 裁断はモノづくりの第一歩。モノを作るには絶対に「切る」という作業は省けません。「これからも未知の素材は次々に出てくるだろうから、我々ももっと勉強を重ねて、切ることに悩むメーカーに喜んでもらいたい。その意味でうちは今、単なる裁断業からサービス業への転換期にあると考えている」と中野社長は言います。