2008年12月 No.67
 

百花繚乱、進化する塩ビマーキングフィルムの世界

塩ビの特性を生かし、住友スリーエム(株)が切開く
グラフィックス表現の可能性

東京の銀座通にもさまざまな看板が─
 建材を中心とする塩ビの用途の中で、ひときわ異彩を放つのがマーキングフィルムの分野。屋外広告看板や旅客機の機体広告、商店のシャッター装飾まで、生活空間を彩る多種多様なグラフィックスのほとんどに塩ビフィルムが使われています。印刷技術やフィルムの改良も進み、用途もデザインもさらに多彩さを増すマーキングフィルムの最新状況を、業界のリーディングカンパニー・住友スリーエム(株)(東京都世田谷区)に取材しました。

●万博「太陽の塔」に使われた黄金のフィルム

「太陽の塔」黄金の顔

 第二次大戦後アメリカで誕生した塩ビマーキングフィルムは、1950年代に米軍用機の表示マーク(国旗やシンボル・マークなど)に採用されたことを契機に広く用いられるようになりました。過酷な気象条件の中でも色落ちせず剥がれない耐久性の高さが、塗装を超えるマーキング材として評価されたのです。  
  日本では1960年頃から住友スリーエムによりフィルムの輸入が開始され、64年に建設された武道館の擬宝珠に金色のフィルムが使われたことなどで注目を集めました。70年代に入ると国産化の研究も進み、大阪万博で岡本太郎画伯が「太陽の塔」の黄金の顔に住友スリーエムのフィルムを採用したことが、その後の可能性を大きく広げることとなります。1977年にはマーキングフィルムの国産化も始まり、80年代に入ると企業のCI(コーポレートアイデンティティ)活動の隆盛を背景に需要が急増。コンピューターを駆使した文字のカッティング技術やシルクスクリーン印刷の適応などと相俟って、マーキングフィルムは急速に普及しました。

●開発進む付加機能型フィルム

浅草仲見世どおりのシャッターを一面に彩る塩ビマーキングフィルム

 そして21世紀にかけて、マーキングフィルムの世界はさらに目覚しい展開を見せています。静電記録方式、インクジェットプリンターなどのデジタル印刷の登場で、写真的な表現のフルカラー・グラフィックスが可能となったこともあって、屋外の看板だけでなく、自動車、鉄道、飛行機などの交通機関や大型ガスタンカーの装飾、さらには床面、壁面、エレベータの扉といった内外装を媒体とした広告表現の多様さは、文字どおり百花繚乱の趣き。店舗のショーウィンドウ一面に迫力満点のビジュアル展開をすることも可能になりました。同社コマーシャルグラフィックス事業部マーケティング部の飯田裕一部長の説明。  

粘着面にガラスビーズを埋めこんだ
フィルムの構造

  「かつてのシルクスクリーン印刷では、版を作って大量に印刷しないと採算が取れなかったが、現在のデジタル印刷では、製版の必要がないオンデマンド印刷が可能になったため、グラフィックスの用途の幅が飛躍的に広がった。同時に、そうした表現を実現するフィルムの研究開発が進んだことも大きい。例えば、雨で汚れが流れ落ちるセルフクリーニングタイプのフィルム、あるいは粘着面にエア抜き構造をもつことで気泡を噛まないため、作業時間の短縮を実現する製品や、粘着面にガラスビーズを埋め込むことで施工時の位置合わせを容易にした製品もある。こうした新たな機能を備えたフィルムの開発は、マーキングフィルムのアプリケーションの幅を広げる上で重要な要素になった。個々のお客さまのニーズを聞き、その課題を解決して満足してもらうために、付加機能を開発し続けることは我々フィルムメーカーの使命と考える」


●塩ビマーキングフィルムへの再評価

 こうしたマーキングフィルムの活躍を支えているのが、塩ビならではの素材特性です。  
  「塩ビは一定の耐候性と耐久性を備えており、柔軟性もあって加工もしやすい。」(飯田部長)  
  しかし、多彩な特性を備えたマーキングフィルムも、1990年代後半からの一時期、ダイオキシン問題を背景とした非塩ビの論調に晒されたことがあります。そんな時でも、住友スリーエムは「塩ビがダイオキシンを発生するという科学的根拠が明確ではない」ことを認識し、マーキングフィルムの商品価値を守り続けてきました。  
  「当時の非塩ビの流れがあまりに強く、我々もお客様の要望に応えるという観点から、塩ビ以外の素材で製品を開発するケースもありました」(同)  
  現在では、塩ビの特性に対する再評価が進んだ結果、ユーザーから非塩ビといった話が出ることは殆どなくなり、マーキングフィルムの素材は塩ビが中心となっています。自動車メーカーなどが屋外広告物に塩ビフィルムの採用を続けたことも追い風になったようです。


●環境保全活動にも積極的な取り組み

 住友スリーエムでは、1998年に「環境基本方針」を制定し、2005年9月にはISO14001統合認証を取得するなど、積極的な環境保全活動に取り組んできました。2006年には、環境経営の一層の推進を図るため『環境経営中期計画』を制定。2005年比で、1.廃棄物発生量原単位の20%減、2.使用エネルギー原単位の20%減、3.排出VOC(有機溶剤)原単位の25%減(以上の3項目は2010年まで)、4.環境配慮型ビジネスの50%増(2008年まで)、などを目標に活動を推進しており、4.については2007年に達成しています。  
  「我々は今のようにトレンドになる前から環境への配慮を欠かさなかった。塩ビという素材を利用することについても、当社の環境方針と矛盾することはない」  
  マーキングフィルムは、商業デザインや空間デザインの可能性、創造性を大きく広げ続けてきました。今後も、さらなる用途拡大が期待されます。

★住友スリーエムの概要

 米国ミネソタ州セントポールを本拠地とする化学・電気素材メーカー3M社(3M Company:2002年までの正式名称はMinnesota Mining & Manufacturing Company)と住友電気工業(株)らの合弁企業として1960年に創業。マーキングフィルムの分野では国内トップのシェアを持つほか、粘着テープ、メンディングテープ、反射材、研磨材、接着剤、キッチン用スポンジなど幅広い製品を製造、販売している。貼ってはがせることで有名なポスト・イットRノートは同社を代表する製品の一つ。近年は、携帯電話の液晶画面の輝度上昇フィルムなども知られている。
○ポスト・イットRは、3M社の登録商標です。