LCA、その功績と課題
環境へのライフサイクル的な見方を社会に広める一方で、
残された課題も
神戸大学大学院経済学研究科 教授/工学博士
石 川 雅 紀 氏
●日本におけるLCA研究の黎明期
大学院生のときに関西空港の環境アセスメントに関わったことが、私にとっては、その後のLCA研究に取り組む上で貴重な体験になったと思います。何しろ環境アセスメントなどといってもちゃんと理解している人は殆どいないような時代でした。企業のシンクタンクの人たちと一緒に猛勉強したおかげで、人的なネットワークも広がり、学位も「環境アセスメントモデルの開発」で取ることができました。大学院を出て東京水産大学(現東京海洋大学)の食品工学科に就職してからも、農水産物のエネルギー分析(採取から加工、消費までのエネルギー消費量の調査)を行いました。
ただ、自分が本当にやりたいのは環境の仕事だったので、いろいろ考えた末に容器包装のごみ問題に取り組むことにしました。つまり、食品工学と環境の仕事が無理なく繋がるのが容器包装の問題だったということです。当時(1990年代の初め)は牛乳パックのリサイクルが話題になっていた頃で、研究を進めるうちに、あるシンクタンクの関係者から牛乳パックのリサイクルについて評価してみないかという依頼がきました。それで、仲間と一緒に製造時やリサイクル時のごみの排出量とか、CO2やNOx(窒素酸化物)、SOx(硫黄酸化物)の排出量、洗浄の手間、コストといったことまでを総合的に評価したレポートを書き上げたわけです。
日本にLCAの波が来たのはちょうどその頃で、それからは仕事がどんどん舞い込んで来るようになりました。何しろ、当時の日本で実際にLCA的な仕事をやっていたのは我々ぐらいのものでした。ということで、気が付いたら波の先頭に立っていたというのが実感です。
ライフサイクルアセスメント(LCA)とは
製品の製造から廃棄まで、全ライフサイクルにわたる環境負荷(エネルギー消費、資源消費、固形廃棄物発生量、大気汚染物質排出量、水質汚濁物質排出量等)を積算することにより、環境に対するインパクト(影響)を評価する手法。
(1)製品の環境影響に関する情報を消費者に提供することにより、製品選択に影響を与え、結果として環境影響の少ない社会の実現を目指すこと、(2)企業が自社製品の環境影響をライフサイクルで評価することによって製品の環境面での改善を行うこと、(3)政府などが技術システムや、補助金の対象の優先順位付けなどに用いること、(4)政府、産業界、市民が環境政策や、環境目標の合意を作るための共通の言語として用いること、などを目的とする(石川雅紀「リサイクルとLCA」から要約)。 |
●LCAが社会に与えたインパクト
これは私だけの見方かもしれませんが、自分の体験に即して言うと、エネルギー分析と環境アセスメントというのはLCAの二つの大きなルーツだと思います。エネルギー分析は、先の農産物の例でもわかるように、ライフサイクル的観点に根ざして客観的にエネルギーの消費量を定量化する手法ですが、環境アセスメントには、ライフサイクル的観点だけでなく、経済や生物への影響、温暖化問題、社会的インパクトといった質の違うものがいっぱい入ってきます。ここが厄介なところで、例えば、こうしたレベルの違う要素をすべて統合して関西空港を作るべきかどうかを問われたら、客観的な判断というのはきわめて困難で、最後は主観的な価値判断で決めるしかありません。
LCAというのは、その客観的な部分と価値判断の部分を合理的に分けるための手法であって、エネルギー分析と環境アセスメントの合流した地点に立って、客観的に定量化できるのはここまで、ここから先は価値判断ということをきちっと区別したいというのがLCAの基本的な考え方なのです。LCAをやれば自分たちに都合のいい客観的な答えがでると誤解している人が未だに沢山存在しますが、そんなことはあり得ない。最後は価値の問題ですから。
一方、水素自動車はCO2を出さないから環境にいいといった非常に短絡した見方をする人もいますが、走行中にCO2が出ないという一点だけを見て環境影響を評価するのはライフサイクル的観点とは全く反対側の議論です、水素をどうやって製造するかに触れずに環境影響を議論するのは無意味です。ただ、最近ではそういうあまりに単純な議論は、多くの人が「ちょっと違うんじゃないの」と思うようになっていることも確かで、電気自動車は排気ガスを出さないとしても、その電気はどうやって作るのか、その水素はどこから来たのか、といったことは小学生さえ口にします。そういうライフサイクル的な見方を広めたことは、LCAが社会に与えた最大のインパクトであり成果じゃないかと思います。
●産業界の環境対応を促したLCA
LCAの歴史を遡っていくと、1969年にコカ・コーラがミッドウエスト研究所(現フランクリン研究所)に委託したリユースボトルとワンウェイプラスチックボトルの比較調査に行き着きます。当時の研究者がそんなことを意識していたかどうかはともかく、歴史的にはこれがエネルギー分析と環境アセスメントが合流したような研究の始まりだと思います。アメリカの環境保護庁(EPA)がフランクリン研究所に委託して様々な飲料容器のLCA評価プロジェクトを実施するといったこともあって、LCA発展の基礎が作られていきました。
それと、もうひとつ指摘しておかなければならないのは、LCAのデータ整備は産業界、特に石油化学産業によってリードされてきたということです。
プラスチックは安くて便利な新素材だったために、ガラスびんとか陶器のコップとか金属缶などの代替製品として利用され、どんどん伸びてきたわけですが、環境面ではごみの問題とか環境破壊といった反対に晒されることが多く、そのときに説明する道具としてLCAが必要になってくる。だからこそどの国でも石油化学産業はいちばん初めにデータを整備し、システム開発を進めてきたわけです。言い換えればLCAが産業界の環境対応を促したということで、これもまたLCAが果たした大きな社会的貢献のひとつといえるでしょう。
●プラスチック容器リサイクルに関する一視点
ちなみに、プラスチック容器に関するLCAの最近の事例としては、日本容器包装リサイクル協会の「プラスチック製容器包装再商品化手法に関する検討結果」があります。これはプラスチック容器の様々なリサイクル手法についてそれぞれの環境影響を評価したもので、検討会の座長は私が務めました(囲み記事参照)。
評価の結果、CO2排出量とかエネルギー削減効果から見てマテリアルリサイクルが特に優れているとはいえないことなどが明らかになっていますが、今回の調査は主にCO2とエネルギー資源の消費量をメインにしたものなので、NOxとかSOx、あるいは水質汚濁や生態系に対する影響などといった点についてはまだきちっとした評価はできていません。従って、今回の結論だけで決めましょうなどと言うつもりはありませんが、少なくとも、容器包装リサイクル法に基づくプラスチック容器包装の再商品化手法として、これまでのようにマテリアルリサイクルを優先する理由はもうないのではないか、というのが私の考えです。
特に、いろいろなプラスチックが混ざった組成の複雑なものを合理的にリサイクルするには、高炉の原料とかセメントの燃料に回すべきで、私自身は単純にセメントを参入させればいろいろな意味でいいんじゃないかと思っています。熱回収効率が高い上、技術的にもタフでいろいろなものが入っても処理できそうですから、競争構造が働いてコストも下がるはずです。但し、同じ熱回収でも、現状のごみ焼却場でのエネルギー回収などは熱効率の低さから考えて賛成できません。この点を誤解されると困ります。
プラスチック製容器包装の再商品化手法の検討結果※
(財)日本容器包装リサイクル協会の「プラスチック製容器包装再商品化手法に関する環境負荷等検討委員会」(石川雅紀委員長)が、昨年(2007年)9月にまとめた報告書。
現在容器包装リサイクル法に基づいて実施されている各再商品化手法ごとに、環境負荷を客観的・定量的に評価したもので、エネルギー資源(石炭、原油、天然ガス)の削減効果、CO2やSOxの排出量などを比較した結果、マテリアルリサイクルが他の手法と比べて特段優れているといえないことや、エネルギーの削減効果も種類によって大きく異なること、などを明らかにしている。例えば、原油削減効果が最も高いのはコークス炉化学原料化で、プラスチック1kg当たり0.8kgの削減が可能。マテリアルリサイクルは幅があり、最大でもその半分の0.4kg程度となっている(図)。
※ 評価するエネルギー資源毎に再商品化手法の優劣は違っています。
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●LCAの課題と「限界削減費用法」
LCAについては、国際標準化機構(ISO)で国際規格化(14040シリーズ)が行われているほか、各国でもシステム整備が進んでおり、日本では独立行政法人産業技術総合研究所のライフサイクルアセスメント研究センターが〔LIME〕というシステムを開発しています(2003年の〔LIME1〕および2006年の改訂版〔LIME2〕)。
ただ、依然として課題となるのが最後の価値判断の部分です。環境の価値を判断するということは、ネジの標準化のようにはいきません。例えば〔LIME〕などでは、環境負荷のインベントリーデータを計算した上で、これを温暖化とか生物多様性といった環境問題に翻訳したり、一定の重みづけをしたりして価値観を統合するという考え方を取っていますが、これだと、インベントリーデータまでは客観的に計算できても、その先の価値観統合がやはり複雑すぎる。
とにかく、実用上のコミュニケーションツールとして、一般の市民にとっても企業にとってもLCAはあまりに難しいと言わざるを得ません。もちろん論理的に正しいツールであることは確かですが、今後さらに普及していく上ではこの複雑さ難しさが障害になっていて、LCAをベースに皆で広く議論するといったことは相当に難しそうだというのが正直な気持ちです。
そこで、私はいま福井県立大学の岡敏弘先生や文教大の藤井美文先生たちと一緒に、限界削減費用法というものを提唱しています。この方法は岡先生のオリジナルアイデアで、価値の統合を避けて直接お金の話に持っていって優劣をつけてしまおうというのが、その考え方です。
例えば、同じ値段の製品があって、ひとつはライフサイクル的にCO2の排出が多く、ひとつはNOxが多い、このどっちかを選べと言われたらなかなか決められない。それは価値観そのものだからです。これに対して限界削減費用法では、環境の価値を比較する代わりに、CO2とNOxの環境インパクトを同じレベルまで下げるにはどれだけの費用が掛かるかを考えます。つまり、世の中で実際に使われているCO2やNOxの削減装置、例えば太陽光発電や脱硝装置を仮想的にくっつけてみて、どっちを減らすほうがよりコストが掛かるのかを計算し、比較するわけです。用途は限られますが、主観的な判断をしなくていい分、グリーン購入とか政府の意思決定には直接使える方法であり、最近は「もう割り切ってこれでいこう」ということを国際的にも提案しています。
LCAとは当初考えられたような万能なものではありませんが、かといって何もできないというのも誤りで、過剰な期待も過小な期待も持つべきではない。環境問題に対処する上で、LCAはやはり一定の有効性を持つツールであり、人々のライフサイクル的な見方を深めたという点で、その功績は決して小さくはないと思います。
略 歴 |
いしかわ・まさのぶ
1953年東京生まれ 工学博士。日本包装学会会長。1977年東京大学工学部卒業。1984年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位修得満期退学。1985年東京水産大学(現・東京海洋大学)水産学部食品工学科助手、1990年同食品生産学科助教授などを経て、2003年から神戸大学大学院経済学研究科教授。
日本における環境経済学、LCA研究の第一人者であり、(財)容器包装リサイクル協会では、1996年の設立以来評議員をつとめている。2006年には、産官学民の連携で無理なくごみを減らせる社会作りを目指すNPO「ごみじゃぱん」代表に就任。 主な著書・訳書に、『入門 廃棄物の経済学』(東洋経済新報社、共訳)、『実践LCA ISO14040対応』(サイエンスフォーラム)、『リサイクル社会の食品包装設計』(幸書房、共著)などがある。 |
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