2005年3月 No.52
 
「SRI(社会的責任投資)」が企業を変える

  企業の社会・環境対応に積極投資する、21世紀型金融商品のインパクト

 

 
 (株)グッドバンカー代表取締役社長・最高経営責任者  筑紫 みずえ

●日本初のSRI型商品「エコファンド」

 
  SRI(Socially Responsible Investment=社会的責任投資)とは、企業の社会的責任(CSR)への取り組みを評価して投資する、いわば非財務指標の観点を加味した投資行動といえます。
 企業の収益性だけを評価して、自己の利益のためだけにお金を出すという従来の株式投資とは異なり、SRIでは環境問題への対応や、株主、顧客、従業員、地域社会との関係構築といった社会的責任を企業がどのように果たしているかをチェックして投資します。その結果、単に自分が儲かるというだけでなく、自分の価値観と合致した社会的意義のある企業をサポートすることで社会に貢献することができる、財務的リターンと社会的リターンのふたつを同時に得られる、というのがSRIの基本的な考え方です。
 SRIの発祥については諸説ありますが、着実な成長を見せるようになったのは、1990年代に入り環境問題への危機意識から「グリーンファンド」という投資信託が欧米で作られて以降のことです。日本では、1998年8月に当社と日興コーディアルグループによって開発された日興エコファンドが初めてのSRI型商品となりました。企業の環境対応度への評価が資金調達面での競争力につながるというこのファンドの登場により、環境が企業にとってインセンティブになる仕組みが初めて金融市場の中に組み込まれたわけです。

 

●SRIはエコポリスではない

 
  その後、企業統治、従業員や顧客への対応、法令遵守など、幅広く企業の社会責任を問う商品が登場し、2004年8月時点における日本国内のでSRI型投資信託の数は計16本、純資産総額は1342億円に達しています。
 ただ、エコファンドをデザインするに際して私たちが最初から心がけていたことは、SRIは決して企業の環境活動を取り締まる「エコポリス」ではないということでした。SRIでは、投資対象の会社をふるいにかけるためにスクリーニングを行いますが、これにはネガティブとポジティブのふたつの方法があって、ネガティブスクリーニングの場合、例えば自動車メーカーとか化学メーカーなどは「環境に悪い」としてどんどん外していくという攻撃的な性格を持っています。
 しかし、地球上に生存する限り環境負荷のない生活をしている人など一人もいません。人間が生きていること自体、環境に負荷を与えているのであって、一方で自動車やプラスチック製品を使って生活の利便性を求めておきながら、もう一方で特定の企業や業種を悪者にするというのはフェアな態度とは言えません。ネガティブスクリーニングは正義感が満足されるようで気持ちはいいかもしれませんが、何にしろあまりに極端な態度は、社会的な価値を生み出さないというのが私の考えです。
 環境問題をほんの少しでも前進させようと思ったら、どうしたら実効性があるかを考えることが肝心なのであって、そういう意味では、化学業界でも自動車業界でも、各セクターの中で、環境負荷を低くする努力をしている企業なら積極的に評価しますよということを明確にした仕組みのほうが、はるかに効果的で企業へのインセンティブも働くはずです。
 そのためエコファンドでは、特定の業種を頭から排除するようなことはせずに、ポジティブスクリーニングをかけて判断するということを目標にしました。
 これに対して、NGOやNPOの関係者などからは「企業よりだ」とか「生ぬるい対応だ」とかいろいろ批判を受けました。しかし、SRIは決してエコポリスではないという私たちの考えは一貫して変わりません。SRIはあくまで金融商品であって政治運動ではないのです。
 

●投資家への情報開示と説明責任

 
  同じSRIの投資家の中にも様々な人がいます。企業性悪説に立って、特定の企業をネガティブに評価したり、一種、政治運動的な方向に流れたりする投資家も実際少なくありません。もちろん、そのこと自体は個人の価値観であって別に構わないのですが、一方には、北風と太陽ではないけれど、北風で向かうよりも、努力している企業に投資をして長くサポートしていく太陽型のほうが実効性があると考える投資家もたくさん育ってきています。それはSRI投資家としての成熟を意味すると私は考えます。
 例えネガティブスクリーニングで外されたとしても、一方に自分たちの努力を評価してサポートしくれる投資家がいるということは、企業にとっても心強いことだろうと思います。ただ、ここで大切なのは、投資家に対する情報開示と説明責任を忘れないでほしいということです。
 投資家は、投資行動によって企業をサポートもしますが、同時に投資した企業との徹底的な対話も望んでいます。例えば化学業界に対しても、化学物質のリスクと管理あるいは管理の限界といった根源的な問いをどんどん投げかけてきます。日本の化学業界が世界に先駆けてレスポンシブル・ケアに取り組んでいることは環境報告書などを見ても理解できますが、問題は、こうした問いかけ対して、単に「化学的にはこうだ」という言い方ではなく、いかに投資家の共感を得られるような分かりやすい説明ができるか、あるいは、どこまで率直にディスクロージャーできるかということです。それは、財務諸表の数字のように目に見えないけれども、極めて重要な会社のソフトパワーであって、結局は社会的責任を企業の哲学や使命感としてどれだけ意識しているかにかかってくる問題だと思います。それに、投資家に説明することで、「化学的なリスクをなくすということは不可能でも、どこまで許容してマネジメントできるかが大事なんだ」とか、「環境問題は個人のライフスタイルにもかかっているんだ」といったことが啓蒙できるとすれば、そういう対話は化学業界自身にとっても必ずプラスになると思います。
 

●塩ビとリスクコミュニケーションの問題

 
  塩ビの環境問題についても、私たちは初期の頃から注目してきました。一時、塩ビに対する社会的なバッシングも盛んだったようですが、あれはバッシングというより、社会あるいは消費者が塩ビに抱く漠然とした不安感に対して、業界のきちんとした説明が十分でなかったことに起因した動きだったように思われます。つまり、リスクコミュニケーションの不足に拠るところが大きかったのではないでしょうか。
 エコファンドの投資では、社会的な不安要素は即、株価の動きにつながります。私たちの仕事は、個人投資家や運用会社(ファンドマネージャー)に対して、できるだけ判断材料になるような企業や業界の情報を提供していくことです。従って、ある業界に不安要素がある場合、我々もすぐには科学的な最終判断が下せないので、「こんな問題がありこういう運動が起きているのでしばらくウォッチします」という言い方で状況報告することしかできません。その後、業界が説明をきちっとしているとか、そのことで不安が広がらないといったことが分かった時点で初めて様子見を解除し、ファンドマネージャーの判断で運用を開始するということになるわけです。
 いくら業界が「化学的には危険ではありません」と言っても、問題に対する明確なスタンスが見えなかったり、リスクコミュニケーションが足りなかったりすると、我々も判断できる要素を失うことになりますし、消費者もより予防的になって、頭から非科学的な過剰反応に走ってしまうことになります。また、漠然とした不安を感じている人が思い込みだけで極端な発言をすると、言われた方も極端に学術的な言い方をして、さらにギャップが広がってしまう。やはり、「化学的なリスク削減には限界があって絶対安全はないけれど、その限界の中でリスクとベネフィットを計った結果、こういう対策を取りました」といったことを消費者に噛んで含めるように説明することが、化学業界の姿勢として何よりも望まれることだと思います。
 塩ビにはさまざま利便性があって社会的に役立っているとすれば、「その利便性とリスクのバランスはこうだから、こう管理すれば大丈夫なんだ」ということを消費者に分かりやすく伝えて共感を得る努力を継続していくことが大切だと思います。
 

●女性や若者たちの力に期待する

 
  グッドバンカーはもともと金融業界にいた女性たちの勉強会「グリーンバンカー」から始まった会社です。当時は環境問題と金融という組み合わせはあまりピンとこないというのが普通の認識でしたが、私たちは環境問題に対する強い危機意識から、金融業界に携わる我々に何ができるのか、金融も環境問題を意識したものでなければならないのだとしたら、それにはどんな方法があるのかといったことを真剣に考えた結果、「やはりSRIをやろう」ということになったわけです。
 私自身のことを言えば、1988年に金融業界に足を踏み入れたものの、どうも自分の仕事に対する違和感があって、何か社会のために役立つことがないかと探し続けた末、89年にSRIという考え方に出会って、ぜひ日本でもやってみたいと思うようになりました。その後、勉強会を作り、海外の人たちとのネットワークをはじめ、おおぜいの方からサポートやアドバイスを受けたりして、ようやくエコファンドを商品化できたのが1999年。構想してから10年かかったことになります。
 面白いことに、SRIの投資家の属性を見ると、個人、女性、若者、知的、富裕というキーワードが並びます。特に、エコファンドを最初に買ってくれた投資家の多くが株式投資などしたことのない女性と若者たちでした。これは、女性や若者のほうが「何か変だ」とか「このまま続くはずがない」といったことを鋭く感じ取る能力に優れているからかもしれません。彼らにとって、自分の資金が企業の環境対応を促進して環境配慮型社会の成長に役立つ、自分のやったことが社会的意義があるんだと思うことは大きな喜びです。そういう意味で、私は女性や若者の力にとても期待しています。
 

 

■プロフィール 筑紫 みずえ(ちくし みずえ)
パリ大学に学び、専業主婦の後、フランスのエンジニアリング会社などを経て、クレディートバンク日本事務所代表補佐。1990年UBS信託銀行入行、政府系事業団、年金基金、労働組合、保険会社など機関投資家向けマーケティング業務を手がける。1998年、株式会社グッドバンカーを設立。翌99年代表取締役に就任し、日本初のSRI型金融商品「日興エコファンド」を企画、商品化した。2000年3月、UNEP(国連環境計画)の金融業界環境声明に日興證券、日興アセットマネジメントと共に日本企業として初めて署名。環境省・中央環境審議会委員、文部科学省・科学技術・学術審議会委員、日本ユネスコ国内委員会委員、経済産業省・産業構造審議会委員(〜2004年6月)。