2001年6月 No.37
 
『地球環境・建築憲章』と塩ビ建材

  人と地球にやさしい建築文化の創造のために、塩ビ建材は貢献できるか

 

   日本建築学会 副会長      
   地球環境・建築憲章委員会 委員長 仙田 満
   東京工業大学 教授

●ライフサイクルCO2の30%削減と建築寿命の3倍増

 
  日本建築学会では、1990年から地球環境問題について組織的、分野横断的な調査研究に取り組んでいます。取り組みの基本的な狙いは、地球環境問題を建築の構造的な視点、都市計画レベルの視点から捉え、持続可能な社会に向けた建築学会としての対応のあり方を探ることにあり、95年からは常設の調査研究委員会のひとつとして地球環境特別委員会を新設し、進行する地球温暖化への対策などについて検討を重ねてきました。
 1997年には、その成果として『地球環境行動計画』を策定したほか、12月のCOP3(第3回締約国会議、京都)に向けて、地球温暖化防止のため「ライフサイクルCO
2の30%削減と建築寿命の3倍増」という学会としての目標をまとめ、会長声明として発表しました。
 『地球環境・建築憲章』は、その基本目標を実現するための基本的なガイドラインとして(社)日本建築学会、(社)日本建築士連合会、(社)日本建築士事務所協会連合会、(社)日本建築家協会、(社)建築業協会の5団体が地球環境・建築憲章委員会を作り、共同で2000年6月に制定したもので、9月には、新たに空調調和・衛生工学会と建築・設備維持保全推進協会が加わって、『憲章』の内容をもう少しブレイクダウンした形の「運用指針」も作成しています。
 これらの作業に設計業や施工業、設備業などの参加を呼びかけたのは、建築学会だけでなく、建設業界が一体になって環境問題に取り組む姿勢を社会に示したかったからで、関係団体の協力を得たことにより、この提言はさらにインパクトの強いものになったと考えています。
 

●新たな建築文化の創造へ

 
  『地球環境・建築憲章』では、「ライフサイクルCO2の30%削減と建築寿命の3倍増」という目標を達成するために、5つの項目(別掲)を掲げて、新たな建築文化のあり方を示しています。
 その第1は建築の《長寿命》です。これは非常に重要なテーマで、日本の建築は25年とか30年のサイクルでどんどん建て直していくのが一般的ですが、欧米では100年を超える寿命の建築は決して珍しくありません。これからは日本の建築も、現存するものはできるだけ長く使い続けられるよう対策を講じるとともに、新しく作るものは現在の3倍、4倍の長期使用に耐えられるよう計画の段階から十分な検討を行うことが必要です。日本の環境にあった寿命の長い究極の建築工法や建材の耐久性についても研究を重ねる必要があります。
 2番目の《自然共生》は、私たちの生活の周辺において多様な生物や自然が身近に感じられるような環境を建築を通じて再構築していくことです。例えば、建築の企画・計画の段階から敷地やその周辺の自然環境の特性あるいは建築による影響などを調査したり、生物との共生を考慮した「地球にやさしい」建材の開発と使用といった取り組みを進めることが、今後不可欠になってくると思います。
 3番目は《省エネルギー》です。地球温暖化の原因の4割が、建築の生産から施工、運用、廃棄に至るライフスタイルの中でのCO
2排出によると言われます。こうした状況を改善するためには、省エネルギーシステムの開発とか地域の気候に合った建築の工夫などにより、化石エネルギーの利用を大幅に低減、効率化して、自然エネルギーや未利用エネルギーを活用する都市・建築に転換しなければなりません。

 建築憲章5つの目標

  1. 建築は世代を超えて使い続けられる価値ある社会資産となるように、企画・計画・設計・建設・運用・維持される。(長寿命)
  2. 建築は自然環境と調和し、多様な生物との共存をはかりながら、良好な社会環境の構成要素として形成される。(自然共生)
  3. 建築の生涯のエネルギー消費は最小限に留められ、自然エネルギーや未利用エネルギーは最大限に活用される。(省エネルギー)
  4. 建築は可能な限り環境負荷の小さい、また再利用・再生が可能な資源・材料に基づいて構成され、建築の生涯の資源消費は最小限に留められる。(省資源・循環)
  5. 建築は多様な地域の風土・歴史を尊重しつつ新しい文化として創造され、良好な成育環境として次世代に継承される。(継承)
 

●再使用・再生利用材の採用を促進

 

  4番目の《省資源・循環》では、有限な地球資源の枯渇を防ぐための建築のあり方をまとめています。特に、最終処分場の4割を占めると言われる建築関係廃材は、極力排出を抑制し、新たな資源をできるだけ使わずに、再使用・再生利用を行い、循環させていかなければなりません。
 そのためには、環境負荷の小さい材料、いわゆるエコマテリアルの採用や、再使用・再生利用材の採用率の促進といった対策が必要で、分離解体しやすく再使用・再生利用の資源として容易に活用できるような製品開発、あるいは、それぞれのパーツの寿命に合わせた交換可能な製品設計などに取り組まなければならないでしょう。一体型の埋め込み式で後で再利用できないような建材は将来的に薦められません。
 5番目は建築、都市景観の《継承》です。この50年間で日本人のライフスタイルは、畳や床に座る生活から椅子に座る生活へと大きく変化しました。畳と襖と障子で構成されたおおらかでシンプルなたたずまいは失われつつあります。
 これからの建築活動は、そうした伝統、風土によって育まれた景観や建築文化の良いところを受け継ぎつつ、その上にさらに新たな建築文化を築くようなものでなければなりません。慈しみ守り育てようという市民の支持が得られるような魅力ある都市づくり、それと同時に、未来の子どもたちが元気で健やかに育つための、自由で安全な空間のある生活環境を残していくことが必要だと思います。

 

●塩ビ建材の《長寿命》《省エネ》効果

 

  今後、建築学会としては『地球環境・建築憲章』の実現へ向けて、関係業界と横断的かつ積極的に情報交換を行いながら、建築材料の動向などについても注目していきたいと考えています。可能であれば、地球環境を視野に入れた建材の共同開発にも取り組んでみたいと思います。
 塩ビ建材についても、そうした流れの中で一定の役割を果たしつつ、循環型社会にふさわしい建材として定着していくよう業界の方々に頑張ってもらいたいと思います。私個人としては、全体的に見て、塩ビ建材も『地球環境・建築憲章』の目標実現に対応できる素材のひとつと考えていいのではないかと思っています。
 例えば、塩ビ建材は 《長寿命》 《省エネルギー》という観点で見れば、たいへん優れていると思います。パイプをはじめとして耐用年数の長さが塩ビ建材の大きな利点ですし、塩ビサッシなどは断熱性の高さから暖房や結露防止などへの対応が容易という点で、《省エネルギー》に貢献できる建材であることは確かです。
 《省資源・循環》という点では、とりあえずは、どれくらいリサイクルされているかが目安になるでしょう。ただ、この点については、我々の不勉強のせいもあるかもしれませんが、塩ビ業界から具体的な情報がなかなか我々のほうに伝わってきません。
 聞くところによれば、塩ビ業界では、2005年までに塩ビパイプと継手のリサイクル率を80%に引き上げる目標を立てて活動しているとのことですが、こういう事実を知っている建築家はあまりいません。学会全体としても把握していないのではないかと思いますが、リサイクルの努力は非常に重要ですから、ぜひ継続して目標を実現してもらいたいと思います。

 

●景観を損ねない「色」の開発

 

  一方、《継承》という観点、つまり未来の子どもたちに残すに足るような魅力的な雰囲気と安全な空間を持った都市づくりという点では、「景観上の問題」と「安全性の問題」に取り組んでもらいたいと思います。
 「景観上の問題」とは、要するに視覚と触覚の問題ですが、塩ビは触覚的には割に悪くないと私は思っています。ステンレスやアルミに比べて触った感じが暖かですし、断熱性も高いので、手触りのやさしい建材という点は十分クリアできると思います。
 視覚の問題としては、「色」への対応が重要です。現在でもいろいろな色の塩ビ建材ができているとは思いますが、景観を損ねないような環境にやさしい色彩を持つ製品の開発というテーマは、これまで以上に必要になるだろうと感じます。
 例えば、私の本来の研究テーマである「子供の遊び環境デザイン」に関して言うと、遊具などでも子どもたちが遊ぶのに違和感のない色合いというか、親しみやすい色があります。同じように、都市景観の一部である建材も、そこで生活する人間にとって違和感のない、周囲の自然と調和するような色彩であることが、建築の《継承》という点で何より望まれることです。これは塩ビ建材でも十分に対応可能なことではないかと思います。

 

●科学的データの情報発信を

 

  安全性の問題については、化学的な工程を経て作られた製品が人間や他の生物に対してどう影響するか、健康を阻害する問題をプロテクトするためにどういう対応が取られているかといった点が重要になってくるでしょう。環境ホルモンに関する科学的なデータなどについては、生活者の目も厳しく、ますます注目されてくるでしょうから、正確な情報を発信することが必要です。
 ただ、この問題については、木材のほうがいいと単純に言うわけではありません。遊具でも防腐剤を使うといろいろな障害が出る恐れがありますし、逆に化学的処理をしないと野外では5年程度で腐ってしまいますので、プラスチックのほうが却って安全だという場合もあるでしょう。
 また、プラスチック建材は事故の防止という点での長所も持っています。幼稚園などではアルミサッシや扉の開閉でけっこう多くの事故が発生していて、そうした所に使う建材としては、エッジが立っていない塩ビサッシの形状的な安全性は評価していいと思います。
 これからの塩ビ業界は、色彩や安全面での研究、あるいはリサイクル活動などに積極的に取り組みながら、その活動の状況についてどんどん情報発信していくべきでしょう。そういう取り組みの積み重ねによって、将来継承するに足る街づくりの中に塩ビ建材も安全に違和感なく溶け込むことができるのではないでしょうか。

 
■プロフィール 仙田 満(せんだ みつる)
 昭和16年神奈川県生まれ。東京工業大学建築学科卒。工学博士。建築設計事務所勤務を経て、昭和43年環境デザイン研究所を設立(同59年まで所長)。平成4年から東京工業大学建築学科教授。平成12年日本建築学会副会長に就任。子どものあそび環境デザインの研究を基本に、地球環境問題の視点から新しい建築文化の必要を提言する「環境建築家」として幅広い活動を続けている。昭和53年には「あそび環境のデザイン」で毎日デザイン賞、また、平成5年には「都市空間におけるこどものあそび環境開発に関する研究」で日本建築学会霞ヶ関ビル記念賞を受賞。富山県こどもみらい館(中部建築賞)、東京辰巳国際水泳場(東京建築賞)、常滑体育館(中部建築賞)、茨城県自然博物館(造園学会賞)、愛知県児童総合センター(建築学会賞)などの作品を手がける傍ら、『こどものあそび環境』(筑摩書房/国際交通安全学会賞)『子どもとあそび』(岩波書店)『環築の設計−仙田満+環境デザイン研究所』(プロセスアーキテクチュア)など著作活動も活発。