1996年3月 No.16
 

   塩ビ製料理サンプル 塩ビの特性が可能にした驚異的写実造形の極致

 

 

 レストランのショーウインドウに飾られた本物そっくりの料理サンプル。最近では外国人旅行者の間で最も人気の高い日本土産のひとつとか −。眺めているだけでも空腹感が込み上げてきそうな、写実 造形の極致とも言うべきこの製品にも、塩ビの特性が巧みに利用されています。
 

● 食品の質感をリアルに表現

 
  料理サンプルが一般に登場したのは昭和7年頃のことで、当初原料にはワックス(蝋)が用いられていました。業界のトップメーカー(株)岩崎(本社=東京都大田区西蒲田8−1−11)の清水繁夫製作部長によれば、「塩ビ製のサンプルが出回り始めたのは昭和40年前後から」で、その後ワックスとの代替が急速に進み、50年代にはほぼ完全に塩ビが市場を制覇するようになりました。
  塩ビがワックスに取って代わったのは、壊れにくく製品の寿命が永いこと、そして何より加工や着色が容易で食品の質感をよりリアルに表現できること、が大きな理由です。
  料理サンプルは、各店の料理それぞれのリアル感を出すため大量生産ができません。ひとつひとつ型取りして着色するという手作り作業が基本で、中でも最も工夫を要する着色工程は、塩ビの利用によって大きく改良されることになったわけです。

 

●  塩ビで「おいしさをアートする」

 
  料理サンプルの技術は、各種模型や芝居の小道具などにも応用されており、現在の生産量はこれらすべてを含め岩崎だけで年間35万点前後(うち塩ビ製品が90%)。全国の統計は、家内工業的なメーカーも多く正確な数字は掴めませんが、推計で約70万点程度と考えられます。
  最近では米英、韓国、中国などでも日本の技術指導の下で食品サンプルの製造が始まっているようですが、「食べる前にサンプルを見て注文を決めるという発想自体日本独自のものだし、手先の器用さという点でも日本以外に広く定着するとは思えない」というのが清水部長の感想。
  しかし、一方ではその超リアルな感覚がモダンアートの世界に新しい可能性を切り拓きつつあります。精巧緻密な表現に魅せられて食品サンプルの技術を自己の作風に取り入れようとするアーティストも多く、清水部長が製作したピンク色のキャベツのオブジェも国内で高い評価を得ています。
  また、「塩ビで何か人に訴えるようなものを作りたい」という創作意欲から岩崎に入社を希望する若者(特に女性)の数が年々増えており、年1回開催される社内コンクールには全社員から様々な独創的作品が出品されるといいます。
  おいしさをアートする −。そんな新しい芸術的インスピレーションを注ぎ込む素材として、塩ビの世界はさらに豊かな広がりを見せ始めています。