●LCAは万能か?誤解生む誇大宣伝
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近年LCA(ライフサイクルア・セスメント)への関心が世界的に高まっています。特に1992年、ISO(国際標準化機構)の中に設置された環境管理に関する技術委員会「TC(Technical Committee)207」がLCA規格の標準化について議論を開始して以降、日本国内でも急速にLCAの問題が注目を集めるようになってきました。
LCAとは、言うまでもなく製品の原料採取から廃棄処理まで全生涯にわたる環境影響を総合的に評価して、より環境負荷の少ない製品開発に役立てようという手法ですが、それがあればすべてが解決するというものではありません。
確かに、環境評価という概念を理解することは大切なことだと思いますが、LCAは基本的には道具であって、問題なのはその使い方や解釈を正しく行うということです。最近は目的と結果と道具の話をいっしょくたにして、LCAを誇張ぎみに宣伝する傾向が見られますが、そういう誤解が下手をするとLCAを一過性の流行りに終わらせてしまうのではないかという危惧を私は持っています。
また、LCAには技術的問題をはじめ未成熟な部分も多く、現実に実施するにはまだ多くの課題を抱えています。ここでは、そのへんの問題について、ISOの論議に参加している経験から、私見を交えてお話ししてみたいと思います。 |
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●′98年までに標準化を完了
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本題に入る前に、ISOでの作業の状況を簡単に説明しておきましょう。現在、TC207の中には6つの分科会(SC<Sub-Committee>1〜6)が設置されており、SC1は環境管理システム、SC2は環境監査、SC3は環境ラベル、SC4は環境パフォーマンス評価の標準化を目的としていますが、LCAはこれらの標準に論理的根拠を与える評価基準として期待されているもので、私が参加している第5分科会(SC5)でその標準化が進められています。
これら一連の規格の番号はISO−14000シリーズと呼ばれますが、SC5の中には、さらに実際に標準化の原案づくりを担当する5つの作業委員会(ワーキンググループ)が設けられており、WG1は総論・概念、WG2とWG3はLCI(ライフサイクルインベントリー)、WG4は影響分析、WG5は改善評価について、それぞれWG単位の規格を14040(一般原則)〜14043(改善評価)として1998年までにまとめる予定になっています。
このうち、14040は今年2月には一応原案作成が完了し、分科会案として各国の投票に回されましたが、標準として未完成ということで必要な支持が得られなかったため、再度修正作業が行われています。WG2とWG3ではより技術的内容に焦点を絞った議論が進められており、これも近々委員会原案として回覧される見通しです。また、WG4とWG5はまだ基本方針の議論が続いていますが、WG4では次回の会議までに原案を作成する日程となっています。 |
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●評価結果左右する「恣意性」の問題
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さて、私はLCAには2つほど大きな問題があると考えています。
そのひとつは手法的な問題で、評価結果に強い恣意性が働くということです。例えば、ひとつの製造工程で複数の製品ができた時に、その製造工程で派生する廃棄物や消費エネルギーをどう配分するのか。その配分のやり方次第では、ある製品を非常に有利にも不利にも持っていくことができるのです。
LCAを研究する科学者の多くは、そういうことがないように重量バランスで分析すべきだと言いますが、それだけに偏ると、これまた結果的に非常におかしなことになってしまいます。つまり、経済的価値の評価が抜けてしまうのです。これを無視すると、殆どクズ同然の製品と高価な製品が同一に評価されてしまうといったことも起きかねません。そこで一方では、やはり経済的責任分担でいくべきだとという議論も出てくるわけで、このへんを明確に規定することが大変難しいのです。
このため、今のISOの議論では、少なくとも何を根拠にどう計算したかをはっきりさせ、相手が理解できるような「透明性」を保つ手段を提示しないといけない、結果だけ出すのは非常に危険だということは認識するようになってきました。
ただ、そうなると今度は、企業の製造工程のノウハウや基礎データなどに関する機密保持という問題が出てきます。これも非常な難問であり、データの公表と機密保持という矛盾を現実的にどう解決するかが、LCA実現の上で最大の課題になると私は思います。 |
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●経済的価値をどう評価するか
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もうひとつの大きな問題点は、製品だけに注目すると経済的な価値が分かりにいということです。これは今の話にも関係することですが、LCAはどちらかというと経済的合理性を度外視して環境負荷の側面だけを見ようとします。しかし、それだけを見て優劣の判断を下そうとすると、どうしても現実と合わなかったり、現在の需給バランスを崩しかねない問題が出てきてしまうのです。
この問題については、私と同僚のある研究者が、塩ビを例に非常に面白いことを指摘していますので、参考までに紹介してみましょう。
それは、塩ビという素材がそもそも何のために作られたのかということです。彼の説によれば、塩ビというのは食塩を電気分解して苛性ソーダを作る過程で残る塩素を安定させ、かつ有効利用するために考え出されたものであり、それ自体廃棄物として無作為に燃やされたりすれば有害であるけれども、塩素の固定源としては非常に有効である。従って、苛性ソーダの需要がある限り、塩素の始末として塩ビは必要であるし、また、食塩の代わりにカルシウムを使おうとすればCo2の問題が残って、結局は塩素を選ぶかCo2を選ぶかどちらかの話になってしまう。つまり、塩ビの問題はナトリウムの問題と同時に考えなければ議論はできないというのです。
この指摘は今のLCAの限界を示すもので、非常に重要な問題を含んでいます。LCAは、個別の製品やプロセスだけを見て良し悪しを決めますが、製造をやめたら果たして他にどういう影響が出るのかという議論が抜けているのです。しかし、そうした全体の整合性を見ることが地球環境問題の根幹でもあるはずで、全体を見ないでLCAを標準化して何にでも応用しようとすれば、大きな問題を残すことになるだろうと思います。 |
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●懸念される不適正な利用
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以上がLCAが抱える最も大きな問題ですが、一方でLCAの不適正な利用を警戒する声も多く、ISOでは手法そのものよりむしろその取扱の問題に議論が集中する傾向が見られます。
例えば、企業・製品のイメージアップを狙った宣伝・広告や、日本では考えにくいことですが、欧米でよく見られる比較広告に利用された場合どうするのか。特定の業界やグループを利するようなLCAの安易な実施、利用は、LCAの実施コストを徒に引き上げるばかりでなく、最終的にLCA自体の信用を失わせることになってしまいます。
この問題に現実的な妥協点を見出すことは最も困難な論点のひとつですが、現在考えられているLCAの標準化案は、LCAの実施における妥当性保証水準を、企業等の内部で自己改善のために実施する場合(内部利用)と、その結果を公表して宣伝、広告あるいは政策・規則制定などに利用する場合(外部利用)に分類し、後者に対しては適正な審査を経ることを義務づけるという形でまとまりつつあります。 |
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●公的な審査資格の検討も
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ただ、ここでも先に触れた機密保持の問題が関係してきます。従って、私見を申し上げれば、あくまで適正にLCAを審査しようとするなら、最終的には現在の会計監査のような一種の公的な監査資格の問題も考えなければならなくなるかもしれません。
LCAを外部に任せるところが多いヨーロッパなどでは、どうしてもLCAをビジネスチャンスと捉える傾向が強く、「この5年間で300業種3000品目程度のLCAをこなした」というフランスのあるコンサルタント会社の例からも分かるように、LCAビジネスが急速に成長しています。この傾向は今後も避けられないでしょうが、欧米のような契約社会と違って、日本の場合、製造現場の最も機密を要するデータまで外部の人間に見せることには強い抵抗感が伴うでしょう。そういう意味からも、やはり公的な資格によってLCAを審査することが最も現実的なのではないかと思います。 |
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●消費者意識が最後のカギ
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一方、これはまだ内々の議論に過ぎませんが、国際規格として貿易障壁になってはいけないという意見も出てきています。製品そのものが有害である場合は問題にならないのですが、製造段階の環境処理が十分でないような場合、その生産手段によって製品を排除していいのかどうか。
これも実は非常に深刻な問題で、WTO(世界貿易機構)の考えも考慮しなければなりませんが、今後、特に先進国と途上国の間などで議論が起きる可能性はあるでしょう。ただ、逆の見方をすれば、
環境のために努力している企業の製品が、環境を軽視している企業の製品よりも不公正な市場競争を強いられていることも現実なわけで、むろん自由競争の維持も大切ですが、そうした不公正を是正するためにこそLCAは必要なのだと思います。
なお、最後に申し上げておきたいのは、LCAの実現は結局は消費者の意識の問題にかかっているということです。例えば消費者意識の高いドイツでは、価格が高くでも環境の善し悪しで製品が選択されるでしょうし、それがドイツのグリーンマーケットを支えているのです。日本においても、最終的にはそうした消費者の行動が企業の行動を決定するのではないでしょうか。
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■プロフィール 石谷 久(いしたに ひさし)
東京大学教授(大学院工学系研究科地球システム専攻)。工学博士。専門はシステム制御工学。昭和16年北京市生まれ。39年東京大学工学部電気工学科卒。 44 年同大学院電気工学専門課程博士課程修了。同年4月より東京大学航空宇宙研究所に勤務。平成6年4月より地球システム工学科に所属し、機構変更により平成7年4月大学院工学科系研究所に所属変更、現在に至る。 |