1995年3月 No.12
 
消費者運動と環境問題

  ―企業・消費者・行政の情報交換促進を
  

 (財)消費科学センター・消費科学連合会事務局次長 原 早苗

●変化する消費者の環境意識

 
  日本の消費者運動は四日市や水俣などの公害問題、そして1973年の第1次石油ショックなどを契機に環境問題と深く関わるようになりました。72年にはローマクラブから出された「成長の限界」も社会的な話題になったりして、これら一連の動きが、消費者に資源の有限性や環境汚染の深刻さを気づかせる大きなきっかけになったと思います。しかし、当時の消費者の動きはまだ鈍く、既に消費科学センターでも消費者大学の開講が始まっていましたが、環境問題をテーマにした講座の参加者は、他のテーマに比べて最も低い数だったと記憶しています。
  その後、世界的にアースデーの提唱運動が興り、日本でも89年に第1回のアースデーが開かれて、環境問題は地球規模の問題として広がりを持つようになりました。92年にはブラジルで地球サミットが開催され、これを受けて日本でも環境基本法やリサイクル法の制定、環境基本計画の策定といった動きが続きました。現在では、厚生省が包装・容器の回収を義務づける法案の検討に入っていますし、環境管理・環境監査といった試みも見られるようになってきています。環境問題への取り組みは、ようやく具体策が整って、これをどう実行に移していくかという段階にかかってきたところと言えるでしょう。
  こうした動きに伴って、消費者団体の活動も徐々に本格化してきました。かつての公害問題の頃と違って、現在の環境問題の中では、企業活動だけでなく私たち自身の生活をどうするのかという足元の問題が問われています。こうした問いかけは、消費者の意識をめざめさせずにはおきません。毎年秋に開かれる消費者大会では、5年前から「環境と安全」に関する分科会を分離し、環境問題だけを独立させた分科会を設けていますが、この会が毎回最も多くの参加者を集めているという事実からも、消費者の意識の変化が理解できると思います。
 

●劇的な解決法はあり得ない

 
  環境問題として私たちが重視する課題には、水俣病などの公害問題、家庭の主婦にとっては最も身近なテーマである廃棄物問題、ゴルフ場の建設問題などに見られる水や大気の汚染、また白神山地のブナの原生林保護運動に代表される景観保全(アメニティー)の問題などがあります。いずれも緊急に取り組まねばならない問題ばかりですが、しかし同時に、環境問題に劇的な解決法などあり得ないということも私たちはしっかり認識しておくべきだと思います。言い換えれば、環境問題に『絶対』まないと言ってもよいでしょう。
  例えば、最近とみに注目が高まっているLCA(ライフサイクルアナリシス)にしても、まだまだ不完全な部分が多いのです。製品の原材料抽出から廃棄に至るまでの環境への負荷を定量的に評価しようとするその試みは、方向性として望ましいことは確かですが、項目だてや荷重の掛け方でかなり違った結果が出てしまう恐れがあります。
  もちろん、これまでは製造工程で汚染物を出さないという点にだけ注目されてきた環境問題の対応が、LCAのお陰で原材料の調達や製品の使われ方、廃棄の段階にまで目が向けられるようになったことは高く評価しています。環境問題の視野を広げるという点でLCAが貢献したことは事実ですが、まだ信頼性を高める努力が必要というのが私の実感です。少なくとも根拠のはっきりしたデータを用いることが大前提だと思います。
 

●『是か非か』ではなく『是にする』努力

 
  LCAに関しては牛乳パックのリサイクル運動の中でもこんなことがありました。牛乳パックのリサイクルは、もともと大月市の学習グループが子供の教育のためにスタートした試みが全国に広がったものですが、これに対してLCAを援用した形で「回収コストや再生のエネルギー消費を考えれば、全体として決して良いリサイクル方法ではない」という批判が出てきて『牛乳パックのリサイクルは是か非か』という議論が起こったものです。確かに、初めの頃のやり方に指摘されるような問題があったことは事実で、そういう意味では私たちもLCAの考えから多くのことを学んだと言えます。
  しかし、私に言わせれば最も大切なのは是か非かではなく、『是にするためにどうしたらいいか』という発想こそ重要なのです。あの時、牛乳パックのリサイクルは潮が引くように消えていくかと思われましたが、実際はそうはなりませんでした。運動は改善され定着しました。それは、『どう考えてもあの紙はもったいない』という多くの主婦の実感と地道な努力が運動を『是に変えた』結果だったと言えます。
 

●遠い目線、広い視野

 
  環境問題は目線を遠くに置いて、足元をどうするかを具体的に考えていかない限り解決にはたどりつかないのです。遠い将来を見据えて、必要に応じ手法を改善しながら少しずつ前進すること。これが私たちの考える基本理念です。対症療法的な取り組みでは決して根本的な解決にはつながりません。もっとも、これまでは消費者運動にも対症療法的という面があったことも事実で、とにかく目についたものから個別的に手を着けるという格好で運動を進めてきたために、個々の運動が全体の中でどういう意味を持つのか、あるいは全体を繋ぐものは何なのかという視点が欠けていた感じは否めません。しかしそれでは企業も同様であって、例えば経団連が環境憲章を発表したり、流通業界が端材を使った割り箸を開発したりと努力はしているようですが、本当に次世代まで見据えた視線を持っているかどうかは疑問だと思います。
  また、産業活動が国内にとどまらなくなっている現状を考えれば、これからは海外にも視野を広げる必要があるでしょう。環境問題はドラスチックな解決は難しいけれど、そうした遠い目線と広い視野で問題を見つめ具体策を考えていく中から何らかの解決の方向が見えてくるのはずだと私は思います。
 

●『情報』こそ最大のポイント

 
  この点に関して私が最も重視しているのが情報の果たす役割です。プラスチックを例にこの問題を説明してみましょう。これからのプラスチックの使われ方を考える時、私は最終的に2つの方向があると見ています。第1は適材適所ということ。塩ビなら塩ビを、どの分野にでも押し込もうというのでなく、それぞれのプラスチック独自のメリットを生かして最もふさわしい分野に使っていく。これからのブラスチックはそういう方向に進むべきだと思います。第2は、クローズドシステムの中で使っていくということ。その代表がリサイクルですが、同時にリサイクルの流れそのものが環境に影響しないクローズドであることが不可欠です。塩ビのリサイクルは、農ビで40数%、電線被覆で16%まで進んでいると聞いていますが、この回収率もさらに高めていく必要があるでしょう。また、この場合クローズドでやっていくためのコスト負担をどうするかという問題も考えなければならず、これは消費者にも決して縁のない問題ではありません。
  そういう検討を進める上で何より望まれるのは、企業や消費者、そして行政も含めてお互いに情報を出し合って解決策を探っていくことです。環境問題を解決しなければならないという点に異論を挟む人はいません。方向性としてはだれでもほぼ同じ考えでいるのです。ただ、やり方、方法論に食い違いが出てくる。それを解決する最大のポイントが情報なのです。マスコミも学者も消費者も企業も皆同じ方向を向いているのに、何年も検討を続けていまだに有力な解決の方向が見いだせないというのも、結局はこうした情報とディスカッションが不足しているからにほかなりません。
  塩ビとポリエチレンの違いも分からなかった消費者が、ある程度種類別にプラスチックを解決できようになったのは情報のお陰です。素材表示という情報のお陰で、ラップフィルムが塩ビであることを私たちは知りました。同時に焼却時の塩化水素ガスやダイオキシンなどの問題を意識するようにもなりました。もちろん、ダイオキシンが塩ビだけの問題でないことも承知していますが、良くも悪くも情報により理解が進んだわけです。専門家が不足している消費者団体にとって情報は何よりの力となります。そういう意味でも、行政情報の開示制度も含め、より幅広い情報交換のためのネットワークづくりが急がれるところです。
 

●気になる国内の『南北問題』

 
  私がもうひとつ期待するのはやはり女性の力です。何か事を起こそうとする時、大抵の企業は『そんなことは不可能だ』という論理をかざし、『是にするためにどうしたらいいか』という発想を持ちません。例えば、最近ではすっかり定着した缶飲料のステイオン・タブは、清潔好きの日本では受け入れられないという企業の反論を乗り越えて、大田区の六郷の生活学校が独自の調査などを実施して推し進めたものです。女性は自分の子どもを通して次ぎの世代、そのまた次の世代を考えて行動します。ひとつの目標だけに集中して余裕がなくなる傾向はあるものの、そういう点で女性の感度は非常に高いと思います。
  ただ、最近ちょっと気になっているのは、東京のような大都市圏と他の地域で状況の認識にかなりの差が見られることです。代表的なのが産業廃棄物の問題で、地域では大都市圏から持ち込まれる産業廃棄物の不法投棄が極めて深刻な問題として受け止められているのに対し、東京の消費者の中でこのことに気づいている人は非常に少ない。いわば、『国内における南北問題』とでも言えるような現象が起こっているのです。これは最近の特徴的な傾向で、消費者運動にとってはたいへん大きな問題だと言えます。
  PL法の制定などに見られるように、これからは企業の社会的責任もますます重くなってきます。消費者運動も対症療法的な運動からの脱却や『南北問題』の解決といった課題を抱えて転換期にさしかかっています。今こそ、企業・消費者・行政のネットワークの中で、正確な情報に基づく議論を進めていかなければならない時なのではないでしょうか。貴協議会にも更なる活躍を期待したいと思います。
 

 

■略歴 原 早苗(はら・さなえ)
 昭和25年山口県出身。山口大学理学部社会学専攻科卒。昭和49年6月、(財)消費科学センター・消費科学連合会勤務。同63年4月から事務局次長。暮らしとJIS特別委員会(工業技術院)、物価安定政策会議(経済企画庁)、環境管理・監査検討委員会(通産省)各委員。主な著書に「欠陥商品と企業責任」、「くらしと標準」(共著)、「環境にやさしい包装」(共著)などがある。