特集 デザインと環境
今号は「塩ビとデザイン」をテーマに特集を組みました。初めにご登場いただくのは、様々なプラスチックを素材に洗練された製品を創造し続けている芝浦工業大学の橋田教授(デザイン工学部デザイン工学科 プロダクトデザイン領域)。これからのものづくりにおけるプラスチックの可能性、環境に配慮したプロダクトデザインのあり方など、ご自身とプラスチックとの関わりも含めてお話を伺いました。
●体全体で心地よさを味わえるデザイン
―先生は東京芸術大学を卒業後、TOTO(当時:東陶機器(株))のプロダクトデザイナーとして多くの経験を積まれたと伺っています。プロダクトデザインのどんな点に魅力を感じるのですか。
「私は学生のときから量産品に興味があったんです。ただ、量産品といっても家電や自動車のようなメカニックなものじゃなくて、もっと人の肌と直接触れ合うような、使う人が体全体で心地よさを味わえるような製品のデザインに携わりたいとずっと思っていました。
東京芸大という学校は割とアート志向、作家志向が強いところですが、私は学校を出たらそういう量産品のメーカーに入って自分の思いを実践しようと考えていたので、TOTOの求人情報を見たとき、芸大の先輩のTOTOデザイナーに話を聞きに行ってみました。そうしたら、お風呂やトイレ、蛇口といった、私がやりたかったデザインができると言うので、これは面白いと思って即受験を決めたわけです。入社してからは様々な製品を担当させてもらいましたが、一貫して追求してきたのは、手触り豊かで、人々に長く愛され使ってもらえるものづくりということ。結局、それが私にとってのプロダクトデザインの魅力ということになりますね」
●塩ビの魅力は発色の美しさとデザイン性の豊かさ
―これまでの先生のお仕事を拝見すると、プラスチックを素材に使った製品を数多く手掛けておられますね。
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プラスチックの出会いとなった「ネオレスト」(TOTO 1993年、グッドデザイン賞) |
「確かに、振り返ってみるとプラスチックが多いですね。ガラスやシリコンなんかも使ってはいるんですけど、プラスチックを扱った仕事はかなりの数になります。
私が初めてプラスチックのデザインに関わったのは、ネオレストというタンクレス便器の開発でした。便器というと陶器と思われるかもしれませんが、ウォシュレットなどの温水洗浄便器が登場してからは、便器そのものは陶器でも、便座やカバーなど他の部分はプラスチックが介在しないとやっていけない世界になりつつありました。たとえば、便座の中にヒーターを仕込んで、しかも軽くて丈夫に仕上げるには、木製では不可能で、プラスチックじゃないとできません。私がTOTOに入社したのは、プラスチックがそれまで使われなかった世界にどんどん介在してきた、ちょうどそんな時期でした。
タンクレス便器というのは、文字通り貯水タンクのない水洗便器のことです。TOTOが世界で初めて作ったもので、貯水タンクの代わりに、水道そのものの圧力を利用して水洗するんですが、タンクレスといっても内部にはモーターや水圧調整バルブなどが入っているし、メンテナンスもできなくちゃいけないということで、便座から上のカバーリングの部分はすべてプラスチックを採用しました。おかげで、プラスチックの種類や特徴、成形方法といった、芸大ではあまり教えてもらえなかったことをずいぶん勉強できたと思います」
―プロダクトデザイナーの目から見て、プラスチック素材をどのように評価されていますか?
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洗面化粧台モデア(TOTO2000年) |
「なんと言っても、加工成形が自由だということですね。デザイナーの思いをそのまま表現してくれる素材だといえます。もちろん、色彩とか軽さとか、ほかにも良い点はありますが、私にとっては、人間の身体に寄り添うような優しい形ができるということが重要なポイントです。あと、金属と違って暖か味がありますよね。製品の用途に応じてPPとかABSとかいろいろなプラスチックを使ってきましたが、塩ビもユニットバスや洗面化粧台の部材などに結構使わせてもらいました。発色が美しいし、デザイン性の豊かなところが塩ビのいい点だと思います」
●プラスチックは「愛着の持てるものづくり」に役立つか?
―大学に活躍の場を移された理由は?
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芝浦工業大学の本館1階フロアに並ぶ閲覧用椅子「MIC」(岡村製作所 2016年)。座面や背もたれに塩ビレザーが使われている。 |
「デザインの研究をもっと深めたいと思ったからです。TOTOでの仕事はとても面白くて思いがけず20年も在籍することになりましたが、やっぱり企業ですから、一つ仕事が終わったらすぐに次という感じで、何でこのデザインが売れたのかといったことを振り返る時間がなかなか持てませんでした。その頃、芝浦工業大学のMOT(大学院大学)に非常勤講師で来ていたんですが、2009年のデザイン工学部新設に備えて教員を募集するというので、思い切って応募してみたわけです。
いま、この研究室(エモーショナルデザイン研究室)では「なぜ、人はそれを魅力的に感じるのか?」をテーマに、形状が人の感性に与える影響について学生と一緒に研究活動を進めています。美しいもの、心地いいものには必ず理由があるはずですから、そうしたエモーショナルな要素を工学の知識を取り入れながら解明して、それを応用した魅力的なものづくりに役立てたいと考えています。
―先生は研究室の紹介サイトに「これからの商品は機能を果たすだけでなく、使っている人が気持ち良く使えたり、満足感や愛着を持てることがあらゆるジャンルに必要だ」と書かれています。プラスチックはそうしたものづくりに貢献できる素材だと言えるでしょうか?
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Rettoバスチェア(岩谷マテリアル 2010年、グッドデザイン賞)を例に「心地よいものづくり」のお話。(研究室で) |
「そう思います。さっきも言ったとおり、心地よさを追求したデザインをそのまま形にできて、作る側の思いを使い手に伝えることができる、ということがプラスチックの素晴らしさなのですから。たとえば、2010年にグッドデザイン賞を取ったバスチェア(左の写真)を作ったときも、スタッフに実際に裸で座ってもらって、座り心地がよくないところがあれば、外観的にかっこよいデザインであってもその部分は修正していく、というやり方で製品を完成させていきました。そういう使い心地のよさを確認しながら、より気持ちよく使える製品を実現するという点で、プラスチックはとてもふさわしい素材だと思います」
―かつてプラスチックは使い捨てという感じで見られた時期もありましたが、最近はプラスチック製品に愛着を持つ人々も増えているように思います。
「確かに、プラスチックに対する価値観は世代によって違いますね。プラスチック成型が盛んになってきた当初は、バリ(成形の型割部にできる樹脂の突起)が出たり、パーティングライン(金型の割れ目)で段差があったりといった粗悪品が出回ったこともあったので、プラスチックには愛着が持てないという人もあったと思います。紫外線で変色するといったことも愛着から遠ざける原因になっていたかもしれません。でも、今はそのようなことはなくなりました。金型技術が進んでパーティングラインの目立たない綺麗な製品が出来るようになっていますし、耐候性を高める配合の研究も進んで、プラスチック製品の地位は大きく向上してきました。今の若い人はプラスチックに安物感など持っていません。素材の改良とデザインの力。このふたつが一緒になれば、プラスチックに愛着を感じる人はもっと増えてくると思います」
●サステナブル社会と製品設計
―これからのプロダクトデザインには環境設計も重要な要素になってくると思いますが。
「だからこそ、愛着が持てるものづくりが大切なんです。愛着が持てるということは、すなわち長く使ってもらえるということですから、それこそがプロダクトデザインにおける環境設計の基本だと私は思います。
とはいえ、プロダクトデザインの分野でも消耗品的な部分はどうしても出てきてしまうので、サステナブル社会における製品設計ということは更に真剣に考えていかなければならなりません。私の研究室には、生分解性樹脂を使っても外観と色がきちんと再現、キープできるかを研究している学生もいますし、私もアクリル看板の廃材を再利用したアップサイクルなどに取り組んでいて、結構注目を集めています。
これからも、こういう試みをどんどんやっていかなければならないと思っています」
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「ENOTS ミニマルチェア」(2015年、岩谷マテリアル)。PPとガラス繊維をガスインジェクション成型し、小さくても丈夫で座り心地の良さを実現している。グッドデザイン賞や日本インテリアデザイナー協会のJID AWARD 2016プロダクト部門賞、ドイツのred dot design awardなどを受賞したヒット商品。 |
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橋田教授の他の仕事
(左から)キッチンマット&キッチントレイ(2009年 岩谷マテリアル グッドデザイン賞)/TAOG スリムティッシュケース(2011年 岩谷マテリアル グッドデザイン賞)/Retto ディスペンサー(2011年 岩谷マテリアル)/アクリル廃材をアップサイクルしたハンガー「AMIME」(2014年 プロジェクト「Matatabi」) |
略 歴 |
はしだ・のりこ
愛知県生まれ。1988年 東京芸術大学美術学部デザイン科インダストリアルデザイン専攻卒。同年東陶機器(株)に入社。タンクレス便器「ネオレスト」をはじめ、洗面化粧台、浴槽、キッチンなど「体で心地よさを味わえる」生活製品のデザインを多数手がけた後、2009年、芝浦工業大学のデザイン工学部新設を機に、同部デザイン工学科 プロダクトデザイン領域 教授に就任(現職)。
大学で教鞭を執る傍ら、デザイン事務所NORIKO HASHIDA DESIGNを主宰し、教育、実践の両面から日本のプロダクトデザインを牽引する。7回のグッドデザイン賞をはじめ、キッズデザイン賞、ユニバーサルデザイン賞など、受賞多数。日本デザイン学会、日本感性工学会、日本インテリア学会各会員。主な著書に『デザイン工学の世界』(芝浦工業大学)、プラスチックの魅力をデザインの観点から論考した『プラスチックの逆襲』(丸善、共著)などがある。 |
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