2012年12月 No.83
 

●「質より量」から「量より質」の時代に

 今年(2012年)の4月に建築研究所の理事長を拝命して半年経ったところですけど、実は1978年から11年余り研究所に在籍していたことがありましてね。そういう意味では、22年ぶりに古巣に戻ったというか、やっぱり縁があったのかなという感じがしています。
 私はもともとは物理屋で、大学では地球物理を専攻したんです。建築に変わったのは、空調の仕事をしていた兄から「建築の中にも住宅内の熱環境とか空調とかを研究対象にしている分野がある」と教えられたのキッカケで、とにかく私は環境問題をやりたいと思っていましたから、それだったら建築でも面白そうだなと思ってこっちに移ったわけです。だから異分野に進んだというわけでは全然ないんです。建築の仕事も人間の棲みやすい場所を作るという意味では環境ですからね。
 日本の住宅を振り返ってみると、戦後は住宅の数が絶対的に足りなくて、とりあえず雨露をしのげればいい、質よりは量だという感じでどんどん建ててきたわけだけど、消費者からすれば不満足なものも多かったんですね。そういうことで、バブル後の家余りの時代になって、改めて棲みやすさというか、住まいの環境が求めらるようになってきた。それが今の状況だと思います。

●安全な住まいづくり。その成果と課題

 私はこれからの住宅を考える上で、安全、快適、美しさ、そして継承性、という4つの視点がキーワードになると考えています。
 住宅の安全性とは、要するに最低限人命を守ることができるということですが、日本の場合は特に耐震性と防火性がポイントです。それと、グローバル時代になって防犯性という問題も改めてクローズアップされるようになってきました。
 耐震と防火に関しては、建築基準法の改正や都市政策の進展などの効果で状況はだいぶ改善されてきたと言えます。新耐震基準が定められた1981年以降に建てられた家は概ね一定のレベルに達していますし、防火のほうも、昭和51年の酒田大火(山形県酒田市)以降、都市政策の効果もあって昔のような大火は殆どなくなっていますね。
 もちろん、課題もまだいっぱいありますよ。例えば、新耐震基準以前の家屋の耐震補強はまだ完全ではありません。いわゆる木密地帯などにはまだ未補強の家が多いですからね。また、昨年の東日本大震災でも、液状化の問題など我々が取り組むべき課題が依然として多いことを痛感させられました。
 一方、防犯については、さほど研究は進んでいません。住宅性能表示制度の中に10番目の評価項目として防犯性能(侵入を防ぐための家屋の構造など)が追加されましたが(2005年)、侵入犯罪の急増にデータの蓄積が追いつかないのが現状で、これは今後の研究を待たねばならない問題です。

 茨城県つくば市にある国土交通省所管の独立行政法人。1946年設立。住宅・建築・都市計画技術に関する調査、研究開発、地震工学に関する研修等の幅広い活動を、公正・中立の立場で、総合的、組織的、継続的に実施する。
 研究部門は、@構造研究、A環境研究、B防火研究、C材料研究、D建築生産研究、E住宅・都市研究の6つのグループと国際地震工学センターで組織されており、安全で快適な住まい・街づくりの実現、省エネルギーや環境負荷低減など、我が国の住宅・建築・都市の質の確保・向上に貢献している。

●進化する環境住宅

 快適性については、断熱による省エネ住宅が最大のポイントです。被災地でも仮設住宅の断熱不足がニュースになったように、近年は断熱の必要性がようやく市民権を得て、複層あるいは3層ガラスによる窓断熱といったこともごく自然に行なわれるようになっています。
 これからはそれを一歩進めて、太陽光発電システムの導入や設備の高効率化などによるゼロエネ住宅、あるいはゼロエネをさらに進化させたLCCM住宅(ライフサイクル・カーボン・マイナス)を実現しようというのが大きなテーマです。
 LCCM住宅とは、太陽光とかバイオマスなど再生可能エネルギーを利用することで、建設〜解体・廃棄までに排出されるトータルCO2の収支がマイナスになる住宅のことです。2010年度に政府が示した「新成長戦略」には、2020年までに温室効果ガスを1990年比で25%削減するという長期目標が掲げられていますから、住宅分野でこの目標達成に寄与するためにも、こうした住宅の推進は不可欠なテーマだと思います。
 ただ、LCCM住宅もゼロエネルギー住宅も、注目は高まっているものの、実態としてはまだ初期的な段階ですので、今後はその普及のための方策を考える必要があります。

●美しさと継承性

 美しい住宅というのは昔からのテーマですが、大切なのは住む人にとってだけでなく、周囲に対しても美しい存在でありたいということですね。美しさというのは主観的なもので絶対的基準はあり得ないわけですが、例えばヨーロッパもドイツなどの街を見ると、電信柱がないし、赤茶色の屋根の建物が高さもそろって、統一された美しさがある。日本にも京都や奈良の今井町のように伝統的な町並みが残されている例はありますが、これからの家づくり、町づくりをどう考えるかというと、なかなかいい答えが見つかりません。おそらく、単純な答えなんてないんでしょうね。地域地域で答えを探していくしかないんでしょうけど、ひとつだけ、これから家を建てる人に意識してほしいのは、家とは社会的な存在だということです。何年か前にある漫画家が建てた奇抜な家が地域住民の反対に晒されたことがありましたね。あまりに個性的な家というのは、地域の環境にとって決していいことじゃない。もっとオーソドックスであるべきだというのが私の考えです。
 このことは住宅の継承性という点にも関係します。ここで言う継承とは、一家代々というだけでなく、中古住宅として長く社会全体で利用できる住宅のことです。日本も、ちゃんとした中古住宅市場の確立と活性化が急務ですが、そのためには、美しい住宅、そして安全で快適な住宅でなければならない。それが確保されて初めて継承されていくんだと思います。「終の棲家」を持つことが男の甲斐性だとか言って自己満足の家を建てるのではなく、欧米のように、建物のスケルトン(構造躯体)は長持ちさせて、インフィル(住戸内の内装・設備等)は時代に応じて変えていくというSI住宅の考え方が重要であり、それが我々が目指すべき方向だと思います。

住宅のライフサイクル全体でCO2排出量をマイナスにする。
<拡大図>
■ LCCM (Life Cycle Carbon Minus)住宅
 住宅の長い寿命の中で、建設時、運用時、廃棄時においてできるだけの省CO2に取り組み、かつさらに太陽光発電などを利用した再生可能エネルギーの創出により、住宅建設時のCO2排出量も含め生涯でのCO2収支をマイナスにする住宅として提案されたもの。
 健康・安全性、快適性、利便性等の性能を確保した上、まず運用時のエネルギー消費を大幅に削減し、その消費量を上回るような太陽光発電を導入することで、建設時等に発生したCO2を運用時の余剰エネルギーにより返済する。従来の住宅であれば運用年数が増えるほどCO2排出量は増えるが、LCCM住宅では改修の際には少し増えるものの、全体としてCO2排出量は減少していき、ある年数が経過したところでマイナスとなる。

●多岐にわたる建築研究所の仕事

LCCM住宅の見学会

 建築研究所も日本全体の建物が早く高いレベルに達してほしいと思って取り組んでいるわけですが、ここの看板はあくまで「安全で快適な住まい・街づくり研究」なので、残念ながら美しさまでは手が回りません。個人的にそういう研究ができるようになればいいとは思っているんですけどね。
 研究テーマは、6つの研究グループ(4頁)ごとに多岐にわたっていて、構造研究では東日本大震災で問題になった長周期振動に対する高層建築の安全性、住宅・都市分野の研究では木造密集地帯改善のためのソフト面の研究、といった具合です。環境研究ではやはり省エネが最大のテーマで、特にLCCM住宅については、デモンストレーション棟を建てて実証試験を行なっているほか、見学会も随時開催してその可能性をPRしています。
 それと材料研究も大切な仕事で、コンクリート材料や木質材料などの力学的性質や耐久性を調査研究しています。これは塩ビ建材も関係しますね。一頃塩ビが悪いもののように言われたのは残念な話で、どんな材料でも必ず良い面と悪い面が両方あるんです。だから、良い所を採って悪い所は抑える対策を立てるというのが科学的な態度なのに、メディアは何かあると悪い面ばかりクローズアップする。最近の原発問題にもそれを感じます。私は変わり者だからメディアが悪い悪いというと「ほんとかいな、いいところだって絶対あるだろう。上手く使っていくことが大切なんだ。」と思ってしまう。それが私の研究者としての原点なんです。
【取材日2012.10.10】

略 歴
さかもと・ゆうぞう

 1948年札幌市生まれ。71年北海道大学理学部地球物理学科卒。78年東京大学大学院建築学専攻博士課程修了。同年建設省(現国土交通省)建築研究所研究員、90年名古屋大学工学部建築学科助教授、94年東京大学工学部建築学助教授、97年同大学院工学系研究科建築学専攻教授を経て、2012年4月から独立行政法人 建築研究所理事長に就任。
 建築環境工学、特に熱環境、空調システム研究の第一人者。 著書に『省エネ・温暖化対策の処方箋』(日経BP企画、2006年) 『新・住まい学』(共著 日経BP、2004年)『建築熱環境』 (東京大学出版会 2011年)などがある。

 
 

>