2017年11月 No.102
 

特集 デザインと環境

巻頭インタビュー

今回の特集は福祉と塩ビ製品の世界に焦点を当てます。はじめにご登場いただくのは、武蔵野大学で教鞭を取る傍ら、支援相談員として高齢者介護の現場に立ち続ける本多勇先生。塩ビをはじめとする樹脂製品は高齢者介護の分野でも様々な形で活躍していますが、介護保険制度の定着で現場の様相が大きく変化する中、樹脂製品にはどんなことが求められているのか。勤務先の介護老人保健施設「太郎」(東京都三鷹市)でお話を伺いました。

製品開発に現場の声を。
重要なのはメーカーと施設のコラボ
武蔵野大学通信教育部人間科学科 教授
本多勇 氏(社会福祉士 保育士)

●介護保険で何が変わったか

─2000年の介護保険制度スタート以降、介護の現場にはどんな変化があったのでしょうか。成果や問題点を含めて、お聞かせください。

 入所者自身が利用したいサービスを利用できるという自由度が高まったこと。これはすごくよかったと思います。
 例えば、老人福祉法で1963年以来続いてきた入所措置(老人福祉施設への入所先を役所が割り当てる措置)が見直されて、お年寄りや家族が直接施設に申し込めるようになりました。2003年からは、申込の早い者勝ちにならないよう、症状が重いとか介護者がいない、経済的に困窮しているといった人を優先する優先度入所制度も始まっています。
 問題は、介護を必要とするお年寄りの増加に対して、高齢者介護施設の伸びが追いついていないことです。私の計算では、介護保険がスタートして以降、2015年までに要介護のお年寄りの数は2.5倍になっているのに対し、施設の伸びは1.2倍程度に過ぎない。というのも、大型施設は土地が必要ですし、維持費、建設時の融資の償却費、スタッフの人件費、さらには設備や機材、衛生剤等の購入費など、膨大なコストが掛かるからです。介護保険による公的補助金(介護報酬)はあるにしても、その額は国の財政事情から抑制される方向に進んでいます。

   

■高齢者介護施設の種類と老健「太郎」

 介護保険法の対象となる介護保険施設には、@介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、A介護老人保健施設(老健)、B介護療養型医療施設(長期療養が必要な要介護者が入院する病院・診療所など)の3つがある。
 このうち、特別養護老人ホームは、自宅での生活が困難な高齢者が入所して、日常生活の支援や介護を受ける施設。介護老人保健施設は、在宅への復帰を目標に要介護者の心身の機能回復(リハビリ)を支援する施設。老健「太郎」もそのひとつで、介護保険制度スタートに合わせて2001年3月にオープン。定員は90名で、医師をはじめとする専門スタッフが連携して個々の利用者の状態や目標に合わせたケアサービスを提供している。
 なお、療養型医療施設については、制度上の問題で2018年までに廃止の方向で移行作業が進められている。
   

●スタッフの待遇向上と資材コストの問題

 一方で、福祉や介護の仕事というのは、普通の企業のような年功序列による昇進昇給の制度が整っていないため、人材確保が難しいという問題があります。制度化が進まないのは、ベテランと新人の経験の違いや仕事の質の差を簡単に計れないとか、中途採用が多いといった事情によるものですが、働く側からすると、それでは人生設計ができない。必ずしも楽な仕事ではないし、優先度入所になってからはどこの施設も要介護度の重い人の割合が増えていて、場合によってはそういう不安定さが入所者への虐待や身体拘束といった問題につながる恐れもあります。かといって、スタッフに十分な給料を払おうとすると、設備や器具を整える余裕がなくなるといったことにもなりかねません。
 日本の社会福祉は、戦後、高齢者だけでなく障害者や子どもの福祉も含めて大変拡充してきました。いろいろな制度があって結構きめ細やかに対応していると思いますが、決して今のままでいいわけではない。支援の届きにくい対象もいます。どこの施設も潤沢な収入があるわけでなく経営は苦しいし、国の財政事情を考えれば、介護保険制度もこのままだと安定的に維持するのは厳しいと思います。

●メンテナンスしやすい製品の開発

─いま運営コストの大きさとその中での資材コストの問題を指摘されましたが、施設内を拝見すると床材や壁紙、リハビリ用具をはじめ樹脂製品も数多く使われています。施設の運営の難しさを緩和する上で、資材メーカーにどんなことを期待されますか。

本多勇先生
 介護保険制度がスタートするちょっと前に、入所者の部屋はやはり個室がいいとか、北欧の施設は日本より環境がいいといったことが、関係者の間で議論になったことがあります。日本の施設の作りは、全体に病院みたいに白っぽくて落ち着かない、壁紙が全部真っ白では入所者に圧迫感を与えるというので、一部では木材を使った和風建築風にするといった流れも出てきました。
 壁紙や床材などは、施設の環境や生活を物理的に支えてくれる資材ですから、我々にとって何より大事なのは、そういった環境空間に対する配慮とか、入所者の心理面へのアプローチ、さらには安全に歩行できるといった機能性などの工夫だと思っています。
 その上で、これは法人など組織の財政状況にも依りますが、施設を建てるとき、あるいは改築するときに、より安い予算でより快適な雰囲気にできる製品であればいいんじゃないかと思います。資材メーカーのほうからそういう提案をしていただければ、運営・実践する側としても大変ありがたい。
 あと、メンテナンスのしやすさですね。壁紙が汚れてきたら張り替えないわけにはいきませんが、施設サイドからしたら、張り替えないでも綺麗さを保てるとか、より長期間使用できるといった製品があればそっちを使いたい。メンテナンスの手間やコストをできるだけ省ける製品開発を進めてほしいと思います。

●樹脂がサポートできる分野は多い

─リハビリ用具とか、入所者の生活を楽にする補助機材の改善といった点については如何ですか。

車いす
レバーの部分に注目

 それも大切です。用具や機材の改良については、様々な専門職が色々なことを考えていますが、まだ十分とは言えません。そういう点ではむしろ、メーカーのほうが技術も経験も豊富なのではないでしょうか。重い金属製のものを樹脂にして軽くするとか、デザイン的にも多彩で快適な製品を開発するとか、塩ビや他のプラスチックがサポートできる分野は多いと思いますし、そういうサポートはお年寄りの機能回復を促す意味でも、介護スタッフの負担軽減という意味でも価値が大きいと言えます。
 現場のスタッフに聞くと、やはり軽くて強度、耐久性のあるものを望む声が多いですね。ここでは今、車いすのレバーが短くてお年寄りが扱いにくいというので、ラップの芯を補助材に利用しているのですが(写真)、これを樹脂で作れないかという声もあります。あとは、杖なども樹脂を使ってより丈夫で軽量なものが作れないか、とかですね。
 そういうことをひとつひとつ形にしていくには、メーカーと施設のコラボが必要です。理学療法士などリハビリテーションの専門職に話を聞くとか、もっと気軽に情報交換できて、お互いにアイデアを出し合えるような関係づくりが大切だと思います。