2010年12月 No.75
 

循環型社会の構築へ、いま何が求められるか?

廃プラリサイクルはマテリアル、ケミカル、
サーマルのバランスよい併用を

朝日新聞記者 杉本 裕明 氏

 

●「維持可能社会」という考え方

 環境問題と本気で関わるようになったのはいつ頃だったか、いま振り返ってみると、1991年に環境庁(現環境省)の記者クラブに入ったことが大きな転機になったと思います。もちろん、その前から関心はありました。駆け出し記者の頃には釧路支局で釧路湿原の自然保護の問題などを取材したこともありますが、それはまだ仕事のひとつに過ぎませんでした。
 ところが、環境庁のクラブに入ってみたら面白いことがいろいろあるわけです。当時の環境庁というのは一番新しく出来た官庁ということもあって、霞ヶ関の鬼っ子と言われたぐらい役所臭さのないところだったし、記者クラブもオープンで、他の役所で断られた市民団体などがたくさん押しかけてきて記者会見を開いたりする。そういう所から情報を得て記事を書いたり勉強したりしているうちに、これは自分に合ってるかなと感じてきて、だんだん環境問題に嵌っていくことになったわけです。
 特に環境経済学の宮本憲一先生(大阪市立大学名誉教授)には、困ったときにコメントをもらったり、いろいろ教えてもらいました。先生は四日市公害訴訟で患者側の勝利に貢献した非常に立派な方ですが、その先生が、90年代半ばぐらいから「維持可能社会」という言葉を使いはじめた。今でこそいろいろな大学の先生が持続可能社会とか循環型社会とか言っていますが、最初から問題意識を持ってこの言葉を使ったのは、ぼくの記憶する限り日本では宮本先生が最初です。
 それはともかく、先生がなぜ維持可能社会ということを言い始めたかというと、1950年代の終わりから70年代の初めにかけて続いた激甚な公害問題がひと区切り付いて、今度は自動車の排ガスとか生活排水といった一般市民を発生源とする生活公害の問題が出てきた中で、先生も都市づくり、街づくりなどのアメニティの問題を重視するようになり、資源循環型の環境負荷の低い持続可能な社会を作っていかなければならないという問題意識を深めたのだと思います。
 ぼくもこの考え方に出会って非常に関心を持ちました。それで、先生の書いたものを読んだり、公害問題に関わった意識の高い人たちの考えをずいぶん聞いたりしましたが、98年頃からは環境庁の中で循環型社会形成推進基本法(以下、循環基本法)を作ろうという気運が出てきて、ぼくも私案を提案したりして、いよいよどっぷりと環境問題に漬かることになってしまいました。

●理念法「循環基本法」が抱える問題

 循環基本法が成立したのは2000年ですが、その前の段階では裏で廃棄物処理法を所管する厚生省(現厚生労働省)と、資源有効利用促進法を所管する通産省(現経済産業省)との間で激しいバトルがありました。そのころは環境庁がリサイクルにかかわる新法をつくろうとしても両省の反対でできなかったのです。しかし、循環法については、本来は一調整機関にすぎない環境庁に、両省とも大きな反対はしませんでした。なぜなら循環基本法は単なる理念法であって、国民や産業界を規制するような権利、権限を定めたものではなかったからです。その「単なる理念法」だということが、実は未だに尾を引いているのだと思います。

 何よりその下にぶらさがっている廃棄物処理法(当時は厚生省所管、その後環境省に)と資源有効利用促進法(通産省、後経済産業省)にほとんど影響しないし、そもそもこのふたつの法律の整合性が取れていなかった。3Rなんて原則を作ったのはいいが、それを実効のある2つの法律にどう落とし込んでいくかという議論は、いま全くやられていません。
 循環型社会の必要性が初めて社会に認知されたという点では意味があったと思いますが、それを政策としてどう実現するかが議論されず、理念法で終わっているという感じが強いのです。
 また、1994年の容器包装リサイクル法(容リ法)、98年の家電リサイクル法など、一連のリサイクル関連法についても、循環基本法ができた時点で本当は大幅な見直しをしなければならなかったのに、ほとんど進んでいないというのが実態です。

●先送りされた「容リ法」の見直し

 例えば、容リ法で言うと、2006年の改正時にも、いちばんの問題である「その他プラスチック」のリサイクルなどを含め、実態を踏まえた見直しは殆ど行われませんでした。「その他プラ」の収集は2000年に始まっていますが、その収集量は現在年間約67万トン、うち入札で落札されるのが60万トン程度で、要は67万トンのリサイクルに380億円もの金が使われています。これは、高コストのマテリアルリサイクルを国が優先しているためで(※日本容器包装リサイクル協会の自主基準ではマテリアルリサイクル率50%)、リサイクルの負担金を出しているプラスチックの製造業者や利用業者からは「マテリアル優遇のためにすごく単価が高くなっている。ケミカルリサイクルの比率を増やし、さらにサーマルリサイクルも再商品化手法の中にきちんと位置づけるべきではないか」という意見が強まってきています。
 プラスチック容器のリサイクル手法については、2年以上もかけて中央環境審議会と産業構造審議会の専門委員会が合同で議論しており、この8月には「中間とりまとめ」も出されていますが(プラスチック製容器包装の再商品化手法及び入札制度の在り方に係る取りまとめ)、結局マテリアルリサイクル優先は変わらず、サーマルリサイクルの導入も結論は先送りされたままです。

●マテリアルリサイクル優先への疑問

 確かに、年間380億円もの金を掛けてまでマテリアルリサイクル50%を維持する必要があるのかというのは大きな疑問です。
 ぼく自身は、容器包装に限らず廃プラのマテリアルリサイクルはもっと限定的にやるべきであって、マテリアル、ケミカル、サーマルをバランスよく併用してリサイクルコスト全体を削減していくべきだと考えています。現に、後で触れるとおり、ヨーロッパではそういう方向で積極的な取り組みが進められています。

出典:「日本容器包装リサイクル協会ホームページ」
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 日本でも産業界も含めて真剣に議論すべきだと思いますが、委員会では環境省も経産省も何も解決策を示そうとしない。環境省の廃棄物・リサイクル対策部のなかでは、プラスチックごみの全てをマテリアル・ケミカルリサイクルし、焼却ごみから除いてしまおうという考えがあります。その一方で、同部が事務局を務める中央環境審議会廃棄物・リサイクル部会の廃棄物処理制度専門委員会が22年1月に出した報告書では「熱回収の推進」として、「循環型社会の施策の優先順位を踏まえ、再生利用が適当でない廃棄物については、焼却処理される際に発電等の熱回収を行い、エネルギーを徹底的に回収することが求められる」となっています。これを進めるには熱源としてプラスチックごみは必要です。同じ環境省の中でまったく相反することが検討されているわけです。もし、循環型社会づくりに本気で取り組むというなら、官僚たちがまず、徹底的に大激論をして国の大方針を決めなければダメなんです。焼却処理を毛嫌いする一部の市民団体や、交付金をあてにしたプラントメーカーの両方にいい顔をしようとするから、こんな矛盾したことが起きるのです。

●サーマルリサイクルに積極的なヨーロッパ

 ヨーロッパのごみ事情を見てみると、ドイツもフランスも日本の市民団体に見られるようにサーマルリサイクルを害悪視していませんし、ごみ発電だけ行う日本と違って、蒸気や温水をパイプラインで住宅や工場に供給し、しっかりエネルギー回収をやっています。ヨーロッパでは地球温暖化に焼却施設をどう生かすかということが最大の関心事で、安全面での問題はほぼ解決したとしています。
 ドイツの場合は、2005年から有機物の入ったごみは埋立禁止になったので、自治体は焼却施設で燃やしてエネルギー回収するか、有機物だけを機械分別してバイオガス化(一部は堆肥化)して、残ったものを焼却する機械生物処理するしかなくなりました。ドイツの連邦環境省が偉いのは、この両方のメニューを自治体に示していずれかを自分の判断で選びなさいとしていることです。例えば、ハノーファー市は機械生物処理を選んだのに対し、ハンブルグ市は焼却だけでやることを決めています。ぼくも2006年にドイツやフランスの様子を取材してきました。ハンブルグ市では大きな焼却場が何カ所かあって、ここで熱回収して地域に熱供給しています。熱回収率は60%以上と、発電だけしている日本が全国平均で10%程度に止まっているのと大きな違いです。

●重要性を増す国の役割

 フランスの場合は、パリと84市町村の広域自治体が事務組合のような組織(SYCTOM)をつくっています。訪ねた焼却施設では、3つの焼却炉で発電と約10万世帯への熱供給を行っていました。ここも熱回収率は70%を超えています。2007年に完成したイッシー・レ・ムリノ市の炉は、年間46万トンの焼却能力を有する半地下方式の最新施設で、75000kw/時の発電を行っています。ここは工場群がそばにあり、熱供給としては適地だと思いました。住民の反対運動は起きていません。日本のように山奥とか自治体の境界に施設を作るという発想がなく、彼らにとっては、熱供給しやすい場所を選ぶのが発想の基本なのです。
 それと、ドイツもフランスも焼却灰は路盤材として公共事業に利用しています。日本は焼却灰をわざわざ溶融炉でスラグにしていますが、ドイツの担当者にその話をしたら「なぜそんなことをやるの?溶融するのに余計なエネルギーが必要となり、温暖化を進めてしまうではないか」と驚いていました。
 日本の環境省も、どういう方法が一番合理的で環境負荷のない処理方法なのか、きちんと調査し、自治体に示すべきなのです。それがないから、住民に「プラスチックは全部燃えるごみに出せ」という自治体がある一方で、「汚れたプラスチックをとことん洗って資源として出せ」という自治体があるといった、矛盾したことになってしまうわけです。
 これからの社会にとって、「地球環境問題」と「資源循環」が車の両輪になることは間違いありません。その場合、核になるのは廃棄物対策と資源エネルギー対策の2つでしょう。地域の自治体も、これをキーワードにしながら、できる限り循環型社会に近づいていこうという流れが強まっていくと思います。
 ただ、この2つのキーワードは市民生活全般に関わる問題ですから、権限も財源も限られる自治体がいくらきれいな絵を描いても、一気に様変わりするようなことはなかなか期待できません。だからこそ、国民の意見を聞きながら、大方針を示す国の役割がますます重要になってくるのです。
【取材日/2010年9月6日】


略 歴
すぎもと・ひろあき

 1954年滋賀県生まれ。早稲田大学商学部卒業。全国農業協同組合連合会(全農)を経て、1980年朝日新聞社記者。北海道支社を皮切りに、名古屋本社、東京本社などで経験を重ねた後、1991年東京本社社会部で環境省を担当。93年からは名古屋本社社会部デスクとして長良川河口堰の建設問題、御岳町の産廃処分場をめぐる住民投票問題などを取材し注目を集めた。95年東京本社で再度環境省を担当した後、生活部、総合研究センター主任研究員、オピニオン編集部などを経て、2009年から長野総局に勤務。
 廃棄物、自然保護、地球温暖化など国と地方自治体の環境政策・行政に精通し、環境カウンセラーとして政策提言など市民活動を展開している。NPO法人持続社会を実現する市民プロジェクト理事。近著に『環境問題、ウソとホントがわかる本』(監修、大和書房)、『ゴミ分別の異常な世界 リサイクル社会の幻想』(共著、幻冬社)、『廃棄物列島・日本 深刻化する廃棄物問題と政策提言』(編著、世界思想社)などがある。