2009年9月 No.70
 

日本科学未来館が
「塩ビのフラクタル日除け」を試験展示

リサイクル塩ビの人工樹林が創り出す「コンクリートジャングルの爽やか空間」

日本科学未来館の入口前に設置された
「シェルピンスキーの森」
 塩ビのリサイクル材で作ったフラクタル日除けが、最先端科学技術の殿堂・日本科学未来館(毛利衛館長、東京都お台場)で実験展示されました(6月24日〜8月31日、野外実験展示「シェルピンスキーの森?フラクタルが街を冷やす?」)。塩ビの木の葉を組み合わせて、自然の木陰と同様の清涼感を再現しようという斬新なアイデアに、同館では「コンクリートジャングルの都会に爽やかな空間を創り出す人工樹木」として、夏場の省エネやヒートアイランドの低減、熱中症の予防効果などに期待を示しています。

●木の葉に似た塩ビ製フラクタル

 夏の日盛りを避けて木陰に入ったときに感じる爽やかな清涼感。まさに都会のオアシスというべき憩いの場所です。でもなぜ、木陰は涼しいのでしょうか。その秘密は、樹木の構造そのものに隠されています。ほぼ相似形で平面状の木の葉が無数に集まって、隙間の多い立体的な形を作っている樹木の構造が、光や熱をさえぎり、風通しをよくして、地面と葉そのものの表面温度を上がりにくくしているのです。

シェルピンスキーの四面体

 こうした樹木の構造は、幾何学の世界ではフラクタル構造(図形の全体と部分が相似形をなす構造。海岸線や樹木の枝分かれなど自然界に広く存在する)と呼ばれ、その代表的な図形として、小さな三角錐が繋がって大きな三角錐を構成する「シェルピンスキー(ポーランドの数学者)の四面体」がよく知られています。
  フラクタル日除けは、この「シェルピンスキー四面体」の形に小さな塩ビの葉っぱを並べることで人工的に木陰の清涼感を再現しようというもので、いわば「塩ビに木の葉のマネをさせて、都市の環境を穏やかにする試み」というわけです。

●産学連携の賜物

 フラクタル日除けを企画考案したのは京都大学大学院人間・環境学研究科の酒井敏教授(2007年度日本ヒートアイランド学会の最優秀論文発表賞受賞)。その考案をもとに積水化学工業(株)が商品として完成させました。文字どおり産学連携の賜物といえます。
 フラクタル日除けは、成型の難しい複雑な構造である上、耐久性、耐候性、難燃性などの性能が要求されますが、同社はこれらの性能を満たす塩ビを素材に、射出成型によって量産化する技術開発に成功。しかも、原料として管・継手や雨樋、サッシなどの様々な使用済み硬質塩ビ製品が使用され、これらのリサイクル材料を100%利用したことで、製品の環境性をさらに高めています。
 フラクタル日除けの特徴としては、@余分なエネルギーを使わない、A樹木と違って手入れや水やりが不要、B軽量(フラクタル部の重量3kg/m2)で施工しやすく移動も楽、などの点が挙げられます。屋上緑化や公園、街中の憩いのスポットとして、フラクタル日除けは大きな潜在的ニーズを持つと考えられ、塩ビ工業・環境協会(VEC)でも「塩ビリサイクル支援制度」の採択案件として、その開発を支援しています。

●データ採取で効果を確認

 
子どもたちも興味津々

 日本科学未来館における今回のモデル展示は、メインエントランス前のオープンスペース(250m2)に、ブラウン、ベージュ、グリーン3色のカラフルな「フラクタル日除け」を設置し来場者に開放したもので、酒井教授が企画監修に当ったほか、京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科の角田曉治、西村雅信の両准教授がデザインを担当。日除けの組み立てには、約10cm角の最小ユニットおよそ2万個が使用されました。
 また、樹木を模した支柱には「新発想のヒートアイランド対策」「森はすずしい」「街は赤外線ストーブ」「木の形」といった短い言葉でフラクタル日除けの特長を説明したパネルとディスプレイが展示され、訪れた企業関係者や夏休み中の親子連れが、日除けの下と外の暑さを比べたりパネルを眺めたりして、人工の木陰の涼しさを実体験。その様子は新聞、テレビ、ウェブニュースなどのメディアでも取り上げられました。

 
晴天時の赤外線写真。
日除けの下(青)と外(赤と緑)の地面温度の違いに注目

 また期間中は、実際の日除け効果を検証するため温度や日射などのデータ採取も行われていますが、これまでのデータから、フラクタル日除けの外の路面温度が40℃以上の高温に達する日でも、日除け下の地面温度は30℃程度にとどまるなど、効果の大きさが確認されています(上の写真)。8月の台風11号襲来時には、強風に激しく揺れる周辺の樹木とは対照的に、フラクタル日除けは静かな姿のままで、風通しの良さが証明されました。
 今回の実験展示でフラクタル日除けの効果が広く知れ渡ることで、普及に弾みがつくことを期待したいものです。

夢は「銀座にフラクタル」−京都大学大学院 酒井敏教授(談)

 フラクタル日除けの開発は、もともとヒートアイランドの研究から始まったものだ。研究の結果我々は、夏の昼間に都市部が暑くなるのは気温が高いせいではなく(都市部も郊外も1年を通して昼間の気温の差はほとんどない)、都市表面を覆うコンクリートの建物やアスファルトの道路など高温の物体から輻射される赤外線(いわゆる照り返し)が強いためであることを突き止めた。都市部に対して、高木の密生した郊外の森の表面温度は明らかに低い。つまり、ヒートアイランドの対策として重要なのは「気温を下げる」ことではなく、都市の「表面温度を下げる」ことなのである。
 森の表面温度が低いのは、日射を受ける木の葉の面が小さく大気への熱伝達効率が大きいこと、2次元の小さな木の葉が3次元空間に適当な間隔をあけて配置されていて風の通りがよいこと、などによる。これは樹木自身が何億年、何千万年もの試行錯誤を経て選び取った構造だろう。その樹木の葉の配置を人工的に作れば都市の表面温度を下げることができるはすだが、具体的にはどうすればよいのか。そこで閃いたのが、代表的なフラクタル図形であるシェルピンスキー四面体だ。この形状で小さな面を3次元空間に分布させれば、表面温度を上げずに日射を遮り、森のような環境を人工的に作り出せるのではないか?この瞬間、初めてヒートアイランド対策とフラクタルが結びついた。
 これが3年前のことで、それから針金を折り曲げてみたり、リボンやペット、塩ビ波板などを使ってみたりと、知恵を絞りに絞った末、2年前のイノベーション・ジャパン2007(大学の技術シーズと産業界のニーズの出会いを目的としたマッチングイベント)にモデルユニットを出展。多数の企業から反響があったものの、技術的に量産化は無理という反応が大半を占める中で、積水化学工業が協力を快諾してくれた。同社の技術開発で射出成形による量産化の目処も立ち、去年の夏には、京都市の新風館という商業施設の中庭で実験展示を行い、来場者から「木陰より涼しい」と言われるほど高い評価を受けた。
 素材に塩ビを使ったのは、成形性、耐久性にすぐれること、そしてもうひとつ難燃性が高いためだ。人がたくさん集まる場所では、燃えやすいプラスチックは危険なので、難燃性の高いものであることがとても重要なのである。
 フラクタル日除けの用途としては、屋上緑化にも効果的だが、より有効なのは外壁緑化や公園の休憩所、駐車場の屋根など、地面を冷やすための用途だ。アーケードや歩道のような面積の広い場所に施工すれば、街の緑化にもなる。個人的には銀座の歩道に設置してみたい。冬は放射冷却を抑えて霜がつきにくいので、この他にもいろいろな可能性が考えられる。
 フラクタル日除けの施工例が増えて面的に広がっていくようになれば、町全体の環境がよくなって、より快適な都市空間の実現に結びつくはずである。