2007年12月 No.63
 

JPEC講演会レポート「石油ピークが来た」

東大・石井吉徳名誉教授が講演。石油ピークの危機は「日本のプランB」で乗り切れ

 11月22日午後、東京港区の虎ノ門パストラルでJPEC講演会が開催されました。今回は、いま話題の本『石油ピークが来た〜崩壊を回避する「日本のプランB」』(日刊工業新聞)の著者・東京大学の石井吉徳名誉教授を講師に迎え、石油ピーク問題の実態と危機回避への対応についてお話を伺ったもの。講演の骨子を整理しました。


●2005年5月、原油生産のピークを迎えた



世界の原油生産量(2005年5月がピーク)
・石油ピークとは、石油(原油)の生産がピークに達したという意味であって、枯渇のことではない。多くの人が石油ピーク問題を石油の枯渇と解釈している。ここを誤解してはならない。
・世界の石油発見のピークは1964年ごろだが、原油の生産ピークは2005年の5月というのが米EIA(EnergyInformation Administration=エネルギー情報局)の公式な発表だ。世界最大の産油国サウジアラビアの原油生産は、掘削機を3倍に増やしても2004年以降天井を打っていて、2006年には8%減少した。現在の世界の石油総生産量は8400万バーレル/日だが、これが今後なだらかに減少していく。これが石油ピークの問題だ。すとんと枯渇するのではない。
・これまでに世界で発見された石油埋蔵量は2兆バレルであるが、これまでに既に1兆バレル消費している。従って、残りは約1兆バーレルに過ぎないが、この発見量2兆バーレルでさえ、富士山を枡に見立てて計れば、その23%程度の量にしか過ぎない。もともと石油資源はそれほどに少ない。落穂ひろいのような小さな油田はこれからも発見されるかもしれないが、巨大油田の新たな発見は期待できない。

●石油ピークは「農業ピーク」だ


石井名誉教授
・地球温暖化問題は連日報道されているが、石油ピークについての報道はほとんど出ていない。しかし、この2つはコインの裏表であって、温暖化の対策にしても、二酸化炭素の排出が大変だから石油の消費を減らそうというのは理論が逆なのである。日本を含む世界の温暖化政策がなかなか進まないのはそのためだ。温暖化を何とかするために石油を減らそうというのではなく、エネルギーそのものが大変だから浪費をしてはいけないと考えなければならない。それが結果として最も合理的で効果的な温暖化対策になるはずだ。
・石油ピークはエネルギーだけの問題ではない。それは農業ピークが来たことを意味する。ここが非常に重要だ。現代の農業は石油の上に成り立っていて、農薬も殺虫剤も農機もすべて石油に依存している。1kcalの食糧エネルギーを作るために10kcalの石油を使っている。世界で最も食糧を輸入している日本は、フードマイレージ(食料の輸送距離)も突出しており、輸送用の船には言うまでもなく流体燃料が使われている。
・一方、食糧生産のピークは既に2004年に過ぎてしまっている。それにもかかわらず、温暖化問題への対応と称して人類は最近バイオ燃料という、とても困った考え、ビジネスをはじめた。アメリカはコーンでエタノールを作っている。人ではなく車に食べものを与えようというのだ。エネルギー不足と温暖化に加え、車と人が食糧の奪い合いをする時代が来てしまった。従って、石油ピークによって石油価格が上がるだけでなく、食糧の値段まで上がり始めた。いずれアメリカのコーンを餌にしている肉や鶏卵の値段も間違いなく上がってくる。
・高度な文明を誇ったマヤの人々も、森を破壊して土壌を破壊して、ついには食糧の不足で滅んでしまった。世界のあらゆる文明が食糧不足で滅びている。

●なぜ「もったいない学会」を作ったか

・石油ピークは農業ピークであり文明ピークだ。現代文明が根底から変わりつつある。私は20年以上も前から地球は有限であり自然にも限りがあることを繰り返し訴えてきたが、日本人はいくら言ってもその限界を認めない。去年の8月28日に「もったいない学会」を設立したのは、インターネットを徹底的に利用して石油ピークの問題を国民に訴えたいと思ったからだ。新聞で報道されたこともあって、最近グーグルのヒット数が一挙に100万件を超えた。明らかに100万の日本人に影響を与えることができた(http://www.mottainaisociety.org)。
・石油ピークが来たという欠乏の視点に立って、エネルギー・インフラを再構築することが絶対に必要だ。エネルギーをどのように使う社会を構築するかを本気で考えなければならない。
・脱石油ということで、様々な石油の代替エネルギーの可能性が考えられているが、まともな検討に値するのは天然ガス、石炭、原子力・核分裂、自然エネルギー(太陽光、風力、地熱、バイオマス、海洋、水力)までで、その他の、例えば水素、宇宙太陽発電、メタンハイドレートといったものは石油の代わりにはならない。EPR(Energy Profit Ratio=エネルギーを作るために入力エネルギーがどれだけ必要かを示す指標)で見ても、これらは効率が悪すぎる。

●日本の国土に適った「プランB」であること

「日本のプランB」:石井吉徳 2007・10
1 脱浪費、無駄をしない、日本の自然75%が山岳
2 米欧追従を止め、グローバリズムに振り回されない
3 1970年頃の生活を参考に、エネルギー消費半分
4 少子化、人口減をチャンスとする
5 運輸は鉄路の再認識し、公共的な運輸機関を整備
6 集中から分散社会、自然エネルギーは分散利用
7 分散社会を育てる技術、地産地消の自然農業
8 循環社会は3RはReduceが大事
9 このような分散指向は雇用を生む
10)日本とアジアの共存、それを「もったいない」で
・「日本のプランB」でこの危機を乗り切ろうというのが、私の主張だ。プランBとはアメリカの著名な地球環境問題の研究者レスター・ブラウンが2003年に書いた『プランB』の中に示された考え方で、天然資源を過剰に利用した20世紀型の社会から持続可能な社会への変化に備えることを意味する。これに対して、20世紀型の延長で現在の社会経済を運営していくことを「プランA」と呼ぶ。
・なぜ「日本の」と付けたかといえば、国土の75%が山岳地帯という日本列島に生きる限り、その自然条件に合わせたプランでなければならないからだ。我々は農業も含めてアメリカの真似ばかりしてきたが、いかに農業を大規模化しようとしたところで広大な国土を持つアメリカに敵うはずがない。
・「日本のプランB」は、まず脱浪費・無駄をしないことだ。それは生活水準を落とすことにはならない。1970年当時の生活を参考にすればよく分かる。当時の日本はエネルギー消費が現在のほぼ半分で人口が1億人ぐらい。食糧自給率も60%代だったが、日本人は決して飢えてもいなかったし、心は今より遥かに豊かだった。少子化・人口減をチャンスとして、自然と生きる日本列島にしななければならない。
・また、フードマイレージが高すぎる日本は、グローバリゼーションに振り回されることを止め、農業を地産地消と有機を中心とした農業に変えていかなければならない。運輸は鉄道を中心に公共の運輸機関を整備すること。かつてはそれをなくすことが近代化だと思われていた。
・そのためにも集中社会でなく、日本列島を広く分散して使う分散社会を育てることが重要だ。自然エネルギーの利用にしても、住宅用で屋根と一体化した太陽光発電のように、地産地消的・自家発電的な分散利用でなければならない。分散社会は手間隙かける技術社会であり雇用の増加をもたらす。
・そして最後に、あれこれ理屈を言うよりも、アジアモンスーン地帯の国々と共存しながら「もったいない」の価値観で持続型社会を実現する必要がある。

略 歴
いしい・よしのり
 1955年東京大学理学部物理学科(地球物理学)卒。工学博 士。東京大学名誉教授、 (社)日本工学アカデミー・科学技術戦略 フォーラム代表。
  (株)帝国石油、石油開発公団、石油資 源開発(株)に16年間勤務した後、東京 大学工学部(資源開発工学科)助教 授、教授として23年間、地球資源の 問題に取り組む。その後は国立環境研 究所所長として環境問題に。2006年 からは「もったいない学会」会長とし て、石油ピーク問題について積極的な 啓蒙活動を展開している。