2006年12月 No.59
 
サステナブル・ビルディングの最新動向

進化する建築物の環境性能。
日本版評価システム「CASBEE」にも期待


慶應義塾大学理工学部教授(工学博士) 伊香賀俊治 氏

●サステナブル・ビルディングとは−
  地球環境問題に対する世界的な関心の高まりの中で、“サステナビリティ”(持続可能性)の推進があらゆる分野で重要な課題になってきています。それは建築物についても例外ではなく、環境保全の視点に立った建物の設計がますます求められるようになっています。
  サステナブル建築という考え方は、そうした流れの中から生まれたものです。サステナブル建築の概念については、(社)日本建築学会(会長:村上周三 慶應義塾大学教授)内に1997年に設置されたサステナブル・ビルディング小委員会(村上周三主査、当時)によって次のように定義されています。
  「地域レベルおよび地球レベルでの生態系の収容力を維持しうる範囲内で、(1)建築のライフサイクルを通しての省エネルギー・省資源・リサイクル・有害物質排出抑制を図り、(2)その地域の気候・伝統・文化および周辺環境と調和しつつ、(3)将来にわたって人間の生活の質を適度に維持あるいは向上させていくことができる建築物」
  この定義は、同小委員会が1998年9月に発表した「サステナブル・ビルディング普及のための提言」において初めて示されたもので、私も幹事としてその検討に関わりました。
  この提言には、サステナブル建築を評価する基本指標のひとつとして、環境効率(「生活の質」を「環境への負荷」で除したもの)の概念が導入され、この流れを受けて開発されたのが建築物総合環境性能評価システム(CASBEE)です。

●「CASBEE」の開発と4つの基本ツール
 「CASBEE」とは、環境性能で建築物を評価し格付けする手法です。この手法を用いれば、省エネや省資源・リサイクル性能といった環境負荷削減の側面はもとより、室内の快適性や景観への配慮といった側面も含め、建築物の環境性能を総合的に評価することができます。
  世界的に見ると、CASBEEと同様の評価システムとして、イギリスのBREEAM(1990年)、カナダのGBTool (1998年)、アメリカのLEED(1996年)などが開発・運用されていますが、CASBEEの研究開発については、国土交通省住宅局の支援で2001年に発足した産学官プロジェクト・日本サステナブル・ビルディング・コンソーシアム(JSBC)(村上周三委員長)が主体となって運営に当たっています(JSBCの事務局は、(財)建築環境・省エネルギー機構内に設置)。
  CASBEEの評価ツールは、(1)建築物のライフサイクルを通じた評価ができること、(2)「建築物の環境品質・性能(Q)」と「建築物の環境負荷(L)」の両側面から評価すること、(3)「環境効率」の考え方を用いて新たに開発された評価指標「BEE(建築物の環境性能効率、Building Environmental Efficiency)」で評価すること、という3つの理念に基づいて開発されています。
建築物の環境性能効率チャート
   また、BEEによるランキングでは、「Sランク(素晴らしい)」から、「Aランク(大変良い)」「B+ランク(良い)」「B-ランク(やや劣る)」「Cランク(劣る)」という5段階の格付けが与えられます。Sランクというのは建材の種類も含めて徹底的に自然を利用していることを表すもので、普通の省エネビル程度ではなかなかSにはランクされません。
  具体的な評価ツールとしては、建築物のライフサイクルに応じた4つの基本ツール(CASBEE-企画/CASBEE-新築/CASBEE-既存/CASBEE-改修)と、個別の目的に応じた拡張ツールがあり、これらを総称して「CASBEEファミリー」と呼んでいます。
  4つの基本ツールのうち、「CASBEE-企画」(企画段階でのプロジェクトの環境性能などを評価する)を除く3つの基本ツールがこれまでに開発されており、事務所、学校、集合住宅など実際の建築物の評価に利用されています。
  また、拡張ツールとしては、ヒートアイランド対策を評価する「CASBEE-HI」、単体の建築物ではなく、市街地再開発や景観保全など今後のまちづくり面で重要な取り組みを総合的な環境性能の観点から評価する「CASBEE-まちづくり」、戸建住宅のための「CASBEE-すまい」、さらには地方自治体での建築行政にも利用できる「自治体版CASBEE」などに発展しています。
  このうち、「CASBEE-すまい」は、マンションやビルディングを建設するようなゼネコンではなく、工務店やハウスメーカーなど規模の小さな組織に利用してもらうものなので、より平易な書き方で、なるべく手間をかけずに評価できるように工夫しています。まだ試行版の段階ですが、来年の3月には正規版を公表する予定です。
  なお、世界的な認知度を高めると言う点で、英語版、も作っていますが、英語版の作成は、現在ISO(国際標準化機構)で進められているサステナブル・ビルディングの基本ルール標準化作業に準拠するための対応でもあります。また、中国語版は2005年に出版され、韓国語版も2006年末出版される予定です。


●自治体でも進む、CASBEEの導入
  現在CASBEEによる評価は、国土交通省だけでなく、経済産業省、文部科学省でも使われ始めています。地方公共団体も建築確認申請前に義務付けをはじめており、主要な政令指定都市の半分は導入を済ませ、残り半分も1〜2年のうちに導入すると予想されます。
  例えば、国土交通省環境行動計画(2005年7月)にはCASBEEの開発・普及、第三者認証制度の創設、CASBEE専門技術者の育成、地方公共団体への普及などが明記され、官庁営繕グリーンプログラム(2004年7月)にもCASBEEの活用が盛り込まれました。さらに、京都議定書目標達成計画(2005年4月閣議決定)にも、温暖化対策推進にも資するものとしてCASBEEの活用が明記されています。
  また、名古屋市、大阪市、横浜市、京都市、神戸市、川崎市、大阪府、京都府、兵庫県では、一定規模以上の新築建築物について、建築確認申請以前のCASBEE評価を含む計画書の提出と工事完了時の完了届けの提出を義務付けられおり、他の自治体でも今後同様の制度導入が検討されています。
  一方、昨年、東京でサステナブル・ビルディング世界会議(SB2005)が開催され、CASBEEも中心議題のひとつとして注目を集めました。こうした世界的な会議がスタートしたのは1998年にカナダが主宰したグリーンビルディング世界会議(GBC98、バンクーバー)が最初で、当時はグリーンビルディングという名前が用いられていました。サステナブル・ビルディングという名称になったのは、その次のオランダの会議(SB2000、マーストリヒト)からで、その2年後にはノルウェーのオスロでSB2002が開催されました。
  次の世界会議は2008年オーストラリアでの開催が予定されています。参加国、参加者の数とも順調に増えてきており、最初は30カ国600名でスタートしたのが、昨年は80カ国1700名、オーストラリアの会議はたぶん2000名を超えるだろうと思います。サステナブル・ビルディングに対する世界の関心は確実に高まってきています。

●サステナブル建築の多彩な事例  

明治大学リバティタワー (設計監理:日建設計、撮影:川澄建築写真事務所)
    私は小さいときから模型を作ったりするのが好きで、将来は物づくりの仕事をしたいと思っていました。最終的に建築を選んだのは高校生の時です。一人の人間のアイデアが巨大な建物を生み出すということが、家電や自動車などにはない達成感につながると考えたからです。
  大学では、デザインよりは建物の構造や環境などを解析するような仕事のほうが自分に向いていると思ったので、研究室に入ってからもソーラーハウスのように自然エネルギーを建物にいかに上手く利用していくかといったことを研究しました。その後(株)日建設計に入社したのもそういう分野の設計プロジェクトに関わりたかったためです。
  初めのうちは東京ドームの設計などに関わっていたのですが、1990年代からの地球環境問題に対する世論の高まりと共に、それまで停滞していた自然エネルギー利用への取り組みが復活し、入社後7年目(1991年)にして、長野県飯綱高原にある日建設計の飯綱山荘の設計という絶好のチャンスが巡ってきました。これは私にとって自然エネルギーを取り入れた設計の第一号になったものですが、太陽熱・地中熱空気集熱利用、太陽熱直接利用など、学生時代に取り組んだ研究を集大成したサステナブル建築設計に取り組むことができました。地中熱利用では塩ビのパイプも利用しています。
  この自社施設での実験的な取り組みを経て、初めて国の施設にサステナブル建築の手法を導入したのが、(独)国際協力開発機構の北海道国際センター(帯広市。1995年)です。ここでは、地中熱・太陽熱利用の全面導入によって、竣工後5年間の実証分析の結果、建物全体の年間CO2排出量を17%削減できました。塩ビパイプを使った地中熱利用もより大規模に取り入れました。冬季の帯広は晴天でもマイナス15℃ぐらいになりますが、地中熱を利用すると10℃程度はヒートアップできます。夏場は35℃程度の外気温を24℃ぐらいまで下げられます。
  地中熱利用の配管材は地面に埋めるものなので塩ビかコンクリート以外は使えません。塩ビは長持ちで低価格という意味で優れた材料だといえますが、ライニング鋼管(鋼管の内側に、腐食を防ぐため塩ビ管をコーティングしたもの)などの場合、使用後接着された塩ビを剥がすのに手間がかかるといった施工上の問題はあります。
  山梨県の環境科学研究所(1997年)では、100mm厚の外断熱、太陽光発電などの対策を駆使し、一般的な設計に比べてCO2排出量を約30%削減でき、温暖化に関わる日本建築学会声明の目標を達成できました。その後、都心の再開発プロジェクトとして取り組んだ明治大学リバティタワー(1998年、CASBEE Sランク)、神奈川県葉山町にある地球環境戦略研究機関(2002年)、茨城県つくば市の(独)宇宙航空研究開発機構筑波宇宙センター(2003年、CASBEE Aランク)、青山学院大学の相模原キャンパス(2003年、CASBEE Sランク)などで、環境性能と建築デザインとの融合に取り組んできました。海外でも、ベトナムのハノイ市に東大のプロジェクトで実験住宅(2003年、CASBEE Aランク)を建設しています。
  最新のプロジェクトとしては、高知県梼原町の総合庁舎(2006年8月竣工、10月グランドオープン予定。CASBEE Sランク)があります。これは慶應義塾大学21世紀COE「サステナブル生命建築」におけるモデルプロジェクトに位置づけられるもので、木材をふんだんに使用するなど、地場産木材と自然エネルギーの利用を徹底しているのが特徴です。
 
青山学院大学 相模原キャンパス(設計監理:日建設計)   梼原町総合庁舎(設計監理:慶應義塾)


●塩ビ建材とサステナブル建築  
 塩ビ建材も基本的にはサステナブル建築を実現する建材のひとつと考えていいと思います。量がまとまって使われればリサイクルしやすいというのも利点です。ただ、前述したように、ライニング鋼管や壁紙のように回収に手間がかかるもの、接着していて剥がそうとしても簡単に剥がれず普通なら産廃になってしまうもの、使っている量が少量で回収が合理的にできないもの、こうしたものをどうするかがずっと気になっています。
  後々リサイクルできるよう解体しやすい環境配慮型の設計。これはCASBEEの評価項目にちゃんと入っています。回収されずにただ燃やされたり投棄されたりすることなく、市場原理の中でリサイクルに回っていくような分離しやすい設計が考えられていることが大事だと思います。

略 歴
いかが としはる  
  1959年東京都生まれ。1983年早稲田大学大学院修了。同年(株)日建設計入社。1998年東京大学助教授、2000年3月退官。4月より(株)日建設計に再入社、環境計画室長を経て2005年12月同社を退職。2006年1月より慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授に(大学院理工学研究科開放環境科学専攻/空間・環境デザイン工学専修)。
  サステナブル建築デザイン、ライフサイクルアセスメント、環境効率評価など、建築と都市を対象とした持続可能性工学研究のトップランナーのひとり。2002年環境・省エネルギー建築賞 国土交通大臣賞(明治大学リバティタワー)、2005年サステナブル建築・住宅賞 国土交通大臣賞(青山学院大学相模原キャンパス)など、受賞多数。主な著書に、『サステイナブル建築最前線』(ビオシティ、共著)、『リサイクルの百科事典』(丸善、共著)、『CASBEE入門』(日経BP、共著)、『実例に学ぶCASBEE』(日経BP、共著)などがある。