2005年6月 No.53
 
 

確認された、可塑剤(DEHP)の安全性

 

日本におけるDEHPのリスク論議に終止符を打つ重要報告相次ぐ

 

  DEHP(フタル酸ビス2-エチルヘキシル)は、農業用ビニルやシート類などの軟質塩ビ製品に使われる代表的な可塑剤のひとつ。このほど、そのリスク評価に関する重要な報告が、公的な研究機関から相次いで発表されました。ともにDEHPの安全性を科学的に確認する内容で、DEHPをめぐるリスク論議に終止符を打つ画期的な研究成果となっています。

 

●人や生態へのリスクは懸念されるレベルにはない

 
  注目の報告書は、(独)産業技術総合研究所(産総研)の化学物質リスク管理研究センター(CRM)がまとめた『詳細リスク評価書/フタル酸エステル−DEHP−』(2005年1月7日、丸善発行)と、(独)製品評価技術基盤機構(NITE)のフタル酸エステル類リスク評価研究会がまとめた『フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)のリスク管理の現状と今後のあり方』(2005年1月31日)、の2件。
 DEHPの安全性については、これまで発ガン性問題、環境ホルモン問題、精巣毒性および生殖毒性問題などについて、国内外の諸機関で様々なリスク評価が行われてきており、2002年には、世界保健機構の下部組織である国際がん研究機関(IARC)が、ヒトに対するDEHPの発ガン性を否定する研究結果を公表しているほか、環境ホルモン問題についても、「DEHPはヒトにも生態系にも内分泌撹乱作用を示さない」とする環境省の報告書が2003年にまとめられています。
 今回発行された産総研・CRMの『詳細リスク評価書』は、こうした個々のテーマ別評価とは異なり、DEHPの安全性を総合的に評価しているのが大きな特徴で、DEHPのリスク評価で唯一懸案となっていた精巣毒性および生殖毒性問題も含めて、「現状においてリスクは懸念されるレベルにはない」ことを解明しているのが最大の注目点。また、NITE・フタル酸エステル類リスク評価研究会の報告書では、CRMのリスク評価結果をもとに、DEHPの管理のあり方などがまとめられており、結論として「DEHPの現状以上の管理の強化も、法規制の追加も必要なし」との判断が示されています。
 

●国内データ用いて、日本初の総合評価

 
  産総研・CRMは、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託により、2001年から代表的な化学物質30点についてリスク評価に取り組んでいます。『詳細リスク評価書/フタル酸エステル−DEHP−』(新エネルギー・産業技術総合開発機構/産総研化学物質リスク管理研究センター[共編]、プロジェクトリーダー 中西準子/産総研 吉田喜久雄、内藤航[共著])は、一連の研究成果の第1弾としてまとめられたものです。
 CRMでは、有害性と暴露影響、排出実態と環境濃度との関係などについて十分な検証が進んでいなかったフタル酸エステル類について、ここ数年の環境省、厚生労働省、国土交通省、東京都などのDEHP測定データを総括して、暴露データを解明。さらに、DEHPの安全性に関するこれまでの研究成果を総合評価して、ヒトおよび生態に影響を与える濃度(耐用1日摂取量:TDI)を検討した上で、この暴露データと影響濃度をもとにリスクの有無を明らかにしました。日本国内のデータを用いて、これだけ詳細かつ総合的なDEHPのリスク評価がなされたのは、今回が初めて。評価結果のポイントは次のとおりです。
?ヒトに対するリスク
 特殊な医療治療や職域でのケースを除いた一般人(0歳〜成人)について評価を行った結果、ヒトに対しては、「現状においてリスクは懸念されるレベルにはない」と判定。
?生態に対するリスク
 DEHPが環境中の生物に対して有害な影響を及ぼす可能性は極めて低く、人に対するリスクと同様、「現状においてリスクは懸念されるレベルにはない」と評価。
 

●他物質への安易な代替に警鐘

 
  NITEのフタル酸エステル類リスク評価研究会は、リスク評価に基づく適切な化学物質管理のあり方を検討するため、産官学の有識者により2002年7月に設立され研究機関で、フタル酸エステル類の中でも最も生産量の多いDEHPに焦点を当て、リスク評価結果に基づくDEHP管理のあり方について検討を進めてきました。今回の報告書は、2003年に出された中間報告に続くもので、DEHPのリスク管理について、「現状の管理を継続する必要はあるものの、これ以上の強化は必要なく、また法規制等についてもこれ以上の追加は必要ない」と結論づけています。
 また、現状の管理の継続に際しては、リスク削減措置、代替物質への転換、知見の充実(暴露経路と摂取量の解明など)、情報の整備および活用(関連業界や流通、消費者団体、一般国民との情報交換等)などを参考にすることを求めていますが、DEHPの代替物質への転換については、「代替品のメーカーおよびそれを取り扱うことを判断した企業は、DEHPと同程度の有害性情報や暴露量(特に食物中濃度)についての情報を揃え、そのリスクについて科学的に説明できる体制を整備する責任がある」として、他の化学物質への安易な代替に注意を促しています。
 以上、2件の報告書については、産総研・CRMのホームページ(http://unit.aist.go.jp)、およびNITEのホームページ(http://www.safe.nite.go.jp)に要約、データ等が紹介されています。また、可塑剤工業会発行のニュースレター「可塑剤インフォメーション」No.18にも詳細な解説記事が掲載されていますので(同会のホームページで閲覧可。http://www.kasozai.gr.jp)、併せてご参照ください。
 

●人々の不安を一掃する中立、科学的な研究成果

可塑剤工業会 技術顧問  丸山寛茂氏

 DEHPの安全性については、これまで部分的なリスク評価がいろいろ行われてきたが、今回の評価結果は、中立的な第三者機関によって総合的かつ科学的に安全性が確定されたという点で、まことに大きな意味を持つ。また、海外ではなく日本で採取された独自のデータを使っていることも重要だ。これで、日本国内のDEHP問題に日本の科学者自らが初めて回答を示したことになる。むろん、この回答は国際的にも十分通用する精度を有する。
 可塑剤工業会では、長年、DEHPの安全性、有用性を訴え続けてきたが、一部の非科学的な誤解、感情的な反応によって、その声はなかなか聞き入れられなかった。一連の報告は、DEHPの安全性について疑問を感じていた関連業界や一般の人々の不安を一掃するに足る成果であると信じる。ユーザー企業からも「これで安心して使える」といった反響が多数届いている。
 今回の研究成果により、発ガン性、環境ホルモン作用、精巣毒性および生殖毒性を含めて、DEHPの安全性に関する主な疑念は一通り払拭されたことになるが、当会では今後ともDEHPの安全性と有用性確保に向けて調査・研究に取りんでいく考えだ。