2004年9月 No.50
 
東京大改造 /「環境配慮内在型」の都市づくりに向けて

  ヒートアイランド解消へ、建築物の環境性能を評価。「建築物環境計画書制度」の先進性

 

 
 東京都環境科学研究所 企画管理課長 
佐野 ウララ

●環境行政との幸運な出会い

 
  私が都庁に入った昭和45年というのは、日本の環境行政にとって最も記憶されるべき年だったと思います。7月に日本で初めての光化学スモッグで杉並区の立正高校の生徒がバタバタ倒れ、その少し前には牛込柳町鉛公害事件が発生したりしましたし、国会でも公害国会と言われたほど公害問題が議論され、公害対策基本法の改正などが行われました。東京都ではその年の秋に公害局(現環境局)ができて、翌年には環境庁が発足、という具合で、とにかくすごい1年でした。
 そういう時期に都庁に入って、思いがけず環境行政に携わることができたのは私にとってとても幸運な出会いだったと思います。大学が工学部だったので、研究部門で働きたいと思っていたのですが、じきに、都市問題といった大きな視点で仕事をする行政のダイナミズムに面白さを感じるようになって、それから数年は、日本の公害行政は自分たちで作っているんだという意識で、走りながら考えるといった感じで仕事をしてきました。
 その後、環境行政一筋というわけではなく、消費者行政や公衆衛生行政などにも携わってきましたが、そういう体験をしたことも「環境問題というのは公害局だけがやっているんじゃない」ということがよく分かって、後に環境行政に戻ってからも仕事の上でプラスになっていると思います。
 環境局に戻って初めての仕事は広報・報道担当でしたが、直後に石原都政が誕生し、ディーゼル車NO作戦が始まりました。知事の強力なリーダーシップの下、世論を引きつけ、「国がやらないなら都がやる」という姿勢で環境行政の閉塞感を打ち破ったことは貴重な経験でした
 

●日本初、建築物環境計画書制度の立ち上げ

 
  次に関わったのが、事業者に対して事業活動の中でのCO2削減を促す「地球温暖化対策計画書制度」と、床面積1万?超という大規模の新築建築物に設計段階から環境配慮を求める「建築物環境計画書制度」の設計、立ち上げという仕事でした。
 この制度は深刻化する“ふたつの温暖化”、すなわち地球温暖化と都市の温暖化とも言うべきヒートアイランド現象の深刻化に対応したもので、ともに平成12年12月の環境確保条例制定により導入され、14年4月に温暖化対策計画書、少し遅れて6月に建築物環境計画書の制度がスタートしています。事業者に温暖化対策を求める制度としては環境ISOとか環境報告書とか、参考にできる前例があったのですが、建築物環境計画書制度のほうは全く新しいもので、日本ではもちろん初めて、海外でもヨーロッパなど民間レベルのものは別として行政でやっているところはないと思います。そういう意味で、私は建築物環境計画書制度には特に深い思い入れを持っています。
 建築物環境計画書制度は建築物に対する一種の環境ラベリング制度で、設計段階で、省エネや緑化、エコマテリアル系資源の使用など環境配慮の計画の提出を建築主に義務付け、完了後に実際にやった取り組みを評価(得点化)して、それを都のホームページで一般に公表する、という仕組みになっています。
 特徴は、規制ではなくて事業者の自主的な取り組みを評価と公表によって誘導する、ということ。また、都が審査して評価するのではなくて、あくまで都の決めたモノサシ(評価軸)に照らして自己評価してもらうということで、いわゆる認証制度とは違います。都が審査するとなると、人手もかかるし都の環境行政としては背負い切れません。環境配慮の取り組みそのものは自由な発想でやってもらって、その達成度合いを都が作ったモノサシで自己評価する、そういう仕組みです。
 具体的な評価項目は断熱、通風や採光の工夫、太陽光発電の採用、雨水利用、空調や給湯設備の省エネ、ノンフロン断熱材の使用など多岐にわたりますが、最終的にはレーダーチャートで総合的な評価結果を示しています(図参照)。チャートを見れば、この建物はどういう取り組みに特徴があるかがすぐに分かります。こうした評価結果を公表するということは、社会や市場で建物の環境性能の評価を受けることとなって、建築主にとってはプレッシャーかもしれませんが、省エネなど頑張れば頑張っただけ高い評価が得られるという点で、大きなインセンティブにもなるはずです。

 

 

●規制型環境行政からの大きな転換

 
  温暖化対策というのは国レベルの問題なのに、なぜ一自治体に過ぎない東京都がやる必要があるのかとよく言われます。もちろん、国がどんどん温暖化対策をやってくれればそれに超したことはありませんが、この問題はある意味で事業活動を束縛するという面もあって、国全体として政策化することは正直言ってそう簡単ではありません。
 そういう中で、都が独自に温暖化対策に取り組むのは、省エネ型都市づくりが大切と考えるからです。地球レベルの温暖化も都市の温暖化であるヒートアイランド現象も、エネルギーの大量消費ということが問題の根本にあることで共通していますが、特にヒートアイランド問題は、高層建物の密集で風の通りが悪いとか、道路や建物が熱を吸収して夜の気温が下がり切らない等によって、熱中症の増加など住民の健康影響という点からも見過ごせない問題ですし、動植物の生態系が変わってきていることも指摘されています。
 東京はカナダ一国に匹敵する経済規模を持ち、この30年でエネルギー消費量を1.9倍に増加させています。その東京がエネルギー大量消費都市として応分の役割を果たしていかなければならないのは当然のことで、決して国レベルでなければ進められないという問題ではありません。
 エネルギー大量消費の社会経済システムから脱却し、持続可能な社会へ転換するためには、都市づくりや社会システムの中に環境配慮という考え方を内在化させていくこと、これが今の東京都の環境行政の哲学です。当たり前のことのようですが、これは狭い意味の環境行政から、一歩広義の行政に本気で踏み出したことを意味します。つまり煙突の煙や工場の排水濃度など、発生源を抑えて規制をかけていくという従来の環境行政にとどまらず、街づくりの基礎単位である建築物に対して設計段階から環境性能を高めていく、事業活動の中の環境負荷要素を減らすような仕組みを初めから内在化させる、それが建築物環境計画書制度の真に先駆的な点だと言えます。
 なお、両制度については、都の諮問機関である環境審議会が制度のさらなる充実・強化について答申を出していますが(「東京都における実効性ある温暖化対策について」平成16年5月)、この中で地球温暖化対策計画書制度についても、企業の社会的責任の自覚を促し「優れた取り組みを評価・公表する」という建築物環境計画書制度と同様の手法の導入が提言されています。そういう意味でも建築物環境計画書制度は先進性があったと思います。
 

●建築・設計業界からも高い注目

 
  建築物環境計画書制度は、環境という要素を取り入れていくことが今後の建築の有り様にとってひとつの方向となるのではないかということで、建築・設計業界からも注目を集めました。ゼネコンなどではビジネスチャンスとして捉える向きも強く、特に屋上緑化などは、目に見え分かりやすいために率先して取り組むところもあります。また、長寿命化や省エネなど、建築主だけでなくテナントやマンション購入者にとってもメリットがはっきりしている項目で取り組みが進んでいます。
 当初、制度の目的に「環境に配慮した質の高い建築物が評価される市場の形成を促す」ということを掲げたのですが、ちょっとおこがましいかな、という気持ちもありました。が、意外と短期間に、環境性能が建築物のひとつの価値として評価されるようになってきており、この流れを強めていければと願っています。
 平成14年6月のスタートから丸2年を経過し、計画書が400件ぐらい、完了届が40件程度提出されています。1万平方メートル超の規模の建物になると工事期間が結構かかりますから、今は最初のころに出された計画がやっと完了届の段階になっていると思います。これから完了届が出揃ってくると、都のホームページで、新築建築物の環境性能がレーダーチャートによって横並びで見られるようになるわけですから楽しみです。
 この制度の仕組みを生かしていくためには、環境配慮の設計や設備、技術の開発と普及の状況に合せて、配慮項目や評価レベルなどを常に見直し、陳腐化させないことが大切です。すでに今、先ほど触れた環境審議会の答申に従ってヒートアイランド対策の強化の視点から見直し作業に入っています。例えば建築物の被覆技術でも遮熱性塗料とか実用段階のものが出てきており、そういう新しい技術を環境性能面から検証し、評価対象の中にどんどん取り入れていくことで、制度の中身を常に時代にあったものにしておかなければならない、と考えています。
 

●環境科学研究所の重要な役割

 
  二つの制度の設計、立ち上げから実施、さらには強化に向けた検討まで早いテンポで進み、3年間掛かりっきりでしたが、思いがけずこの4月の異動で、環境科学研究所に来ました。かつて、職業人としてスタートを切るときに希望した職場、ということでは感慨深いものがあります。
 ここに来て感じるのは、環境行政の施策を前進させる上で科学的、技術的な裏づけがいかに大切かということです。例えば都のディーゼル車規制にしても、社会に問題提起して世論の後押しを受けて施策化する上で、知事の発信力はもちろんですが、この研究所の長年の地道な調査や技術開発の試行錯誤がベースにあったからこそ、可能だったといえるでしょう。
 この研究所は自動車排ガス計測の設備が充実していて、路上走行状態を再現できる大型のシャシーダイナモメーターを公的な研究機関としては他に先駆けて導入しています。それと既存のディーゼル車に後付けするDPF(ディーゼル・パティキュレイト・フィルター)の開発にもかなり以前から民間と共同で取り組んできました。
 ディーゼル車NO作戦のなかで、石原知事がディーゼル排ガスの微粒子の入ったペットボトルを振って注目を集めましたが、あれは、就任早々に研究所を視察した知事が自動車実験棟にあった黒煙の詰まったボトルに目を止めて、それをディーゼル車問題のシンボルとして活用したわけです。大気汚染だ、健康被害だ、と声高に叫ぶよりも説得力があって、これはすごい広報効果を生みました。現場には、パソコンや書類からは見つけられない発想のヒント、宝物があるということですね。
 行政施策、なかでも環境行政というのは科学的データに裏付けられていることが不可欠であって、その点で、研究機関の役割は極めて大きいと言えます。施策を実施した後の効果を検証するときにも科学的データで示すことが大切です。さらには長期的視野で行政施策をリードするような先見的な研究を行っていくことも当研究所の役割です。また、貴重なフィールド、環境行政を担う技術系職員のレベルアップを図る場でもあると思います。今後も行政とタイアップして、こうした役割をしっかり果たしていきたいと考えています。
 

 

■プロフィール 佐野 ウララ(さの うらら)
昭和45年入都。公害局公害防止計画部大気係、大気監視課、大気規制課、消費者センター試験研究室主査、衛生局薬務課課長補佐、台東区下谷保健所衛生課長、環境局広報担当課長などを経て、平成13年環境局環境評価部環境配慮推進担当課長、平成15年都市地球環境部環境配慮事業課長、平成16年から環境科学研究所企画管理課長に。