2002年3月 No.40
 
環境会計のすすめ―流通業から見た、導入の効果とは

  経済性とのバランスがとれた「持続可能な環境活動」のために

 

 株式会社西友 執行役員 環境推進室長 小林 珠江

●環境会計は内部管理用ツール

 
  環境会計は、企業の環境活動の費用対効果を測定するツールです。環境会計を使えば、自社の環境対策にかかるコストや環境負荷低減の効果などを数値(金額や物流単位)として把握することで経営資源の環境対策にかける優先順位が判断できます。
 つまり、経済性とのバランスがとれた持続可能な環境活動を行っていく上で、環境会計は非常に有効なツールだと言えます。
 そういう意味で、私はあくまで内部管理用のツールとして環境会計を評価しています。もちろん環境情報開示という社会的な要請に応える意味もあるでしょうし、むしろ一般的にはそういうイメージのほうが強いのかもしれませんが、企業の環境活動を外から判断する材料としては現段階では環境会計は決して分かりやすいものとは言えません。やはり内部管理効果がいちばん大きいと思います。
 西友が環境会計を導入したのは1999年のことですが、その前段として、97年の12月に流通業としては世界で初めてISO14001(環境マネージメントシステム)を全社的に導入した経緯があります。
 当社の環境活動はすべてISO14001を土台としており、環境会計もISO14001の延長として導入したものです。
 

●ISO14001から環境会計へ

 
  私が西友の環境部門の管理者になった1995年当時、企業にとっての環境活動はまだ一種の「運動的なもの」でしかありませんでした。売れないながらも企業イメージのために環境配慮商品を扱っていくといった感じで、経営者にとっては、重要な課題と認識しながらも「両刃の剣」というイメージが払拭できない状況でした。
 しかし、環境問題というのはトップのコミットメントなしに、1部署だけでやっていけば必ず限界に突き当ります。環境部門に携わるようになってからそのことを痛感していた私にとって、トップのコミットメントの下に経営マネージメントと環境保全効果を一体化させるISO14001と出会ったことは、まさに我が意を得たりといった思いでした。
 結局、3ヶ月かけたトップとの議論の末に、何とかISO14001導入の決定にこぎつけたわけですが、実際に環境マネージメントに取り組んでみると、それだけではまだ十分といえないことも分かってきました。
 ご承知のように、環境マネージメントシステムでは、年度ごとの環境保全目標を立てて事業に取り組むわけですが、西友の場合、「環境にやさしい」「地球にやさしい」といった情緒的であいまいな表現を排し、「目標は必ず数値化し定量化できるものでなければならない」という明快な指示がトップから示されていたために、立てた環境目標の実績と経済効果、あるいはその目標を達成するのにかかったコストの実態などを把握する必要が生じてきたわけです。
 経営マネージメントと一体化する以上、効果測定のためのツールが必要になってくるのは当然の帰結なのですが、自分たちの施策が有効であり、経営にどう影響しているのかというということをきちんとした数値で示すためには、環境会計の導入が不可欠だったのです。
 

●ゼロ値廃棄ロス削減の目標

 

  結果的には、ISO14001環境マネージメントシステムも環境会計も「小売業で全社的に導入するのは世界初」ということになりましたが、流通業は本部を中心にチェーンオペレーション化されているため、本気になって経営に環境のフィルターを取り入れるとすれば、全社一括でやらなければ意味をなさないのです。
 1999年5月に初めて作成した環境会計は、当時環境庁が策定中だったガイドラインの中間報告を参考に試験的にまとめ上げたもので、今振り返ると環境会計というにはちょっと不完全なものでした。ただ、不完全ではあっても、数値目標に対して環境負荷をどれだけ下げられたか、経済的な効果はどうだったかということをきちっと環境報告書に載せたことで、社内の各部門が自発的な動きを見せるようになったことは大きな効果だったと思います。
 つまり、営業と同じように環境活動のバランスシートが得られたことで、利益に結びつけながら環境負荷を下げることができる対策が、何かあるのではないかと各部門が自ら模索しはじめたのです。
 その一つの例が、現在食品部が取り組んでいる「ゼロ値廃棄ロス削減目標」です。これは、本来は発注した商品を全て売りきってしまうことが理想ですが、どうしても商品の一部は売れ残って廃棄していました。値打ちゼロなのに廃棄物処理の負担だけがかかってしまうような売れ残り商品を、賞味期限前で捨てるのはもったいないということもあり、ごく安値で従業員が買えるように「エコ○商品」と名づけて、少しでも廃棄物削減に役立てようという取り組みです。
 今までは廃棄するしかなかった商品が、例え1割でも2割でも損失をカバーできる上に、ゴミ処理の費用も発生せず、資源の節約にもなります。もちろん社員への環境教育にも役立ちます。社員からも大変喜ばれていて、「エコ○商品」を導入した初年度だけで、廃棄物を5割削減することができました。

 

●これからの研究課題

 

  これまでは、食品部門の廃棄物を削減するには、最終の担当部門(西友の場合は「施設保全部」)がリサイクルなり削減対策なりを考えればいいのだと皆思っていたのですが、実は下流だけでなく上流対策がなければ廃棄物の抜本的なコスト削減はできないということが、環境会計の結果から分かってきたわけです。環境会計を導入しなければ、「ゼロ値廃棄ロス削減」の取り組みは具体化しなかっただろうと思います。
 もっとも、環境会計はまだ研究途上のツールで、当社では1999年、2000年、2001年と3年続けて環境会計を作成していますが、まだまだ十分とは言えません。今後は経済効果と環境負荷の低減効果が即座に数値化できるような環境を軸としたシステム構築が必要だと思いますし、環境省のガイドラインも、どちらかといえばまだ製造業寄りの内容で、流通業の内部管理に使っていくためには検討すべき余地が残されています。
 環境省のガイドラインについては、間もなく改訂版が出る予定ですが、私もガイドラインづくりの委員会に参加させてもらって、実際に使っている立場からの考えを言わせていただいています。
 西友では、行政のガイドラインを参考にしながら、2000年に「西友環境会計ガイドライン」を策定しています。当面はこれに沿って、流通業としての西友らしい環境会計ができるよう、少しずつ精度アップしていくつもりです。
 また、環境報告書に載せる以上、環境会計の数値は公表するに足る信頼性のあるものでなければなりません。そうした信頼性を確保するために、2年目からは当社で財務会計と同じ系列の監査法人に、環境会計の監査も依頼しています。

 

●企業にとって意味のあるツールに

 

  先ほど、ISO14001の導入決定までに3ヶ月かかったと申し上げましたが、会社が非常に厳しい時期だったので経営の建て直しに全エネルギーを集中したいというトップの方針は私にも十分納得できました。
 本業の建て直しに寄与しないようなマネージメントシステムでは部門長として、企業人として許されない、やる以上は絶対に本業の経営に有効なシステムにしてみせると自分に誓ってエネルギーの発生源としました。
 環境会計も経営に役立つツールとして、企業にとって少しでも意味ある、活用できるものにしていかなければ私の役割を果たしたことにはならないと思っています。語ったとたんに陳腐化してしまうような気がする、この間のそんな思いを社長に語れるのを引退する時の密かな楽しみに大切にとってあります。

 
■プロフィール 小林 珠江(こばやし たまえ)
 1981年西友グループ会社入社。(株)西友人事部能力開発担当、社員教育ツール作成・社員教育訓練担当、企業福祉担当マネージャーなど、主に福祉部門に携わった後、コーポレートサポート室長(1997年)を経て、1998年環境対策室室長に就任。小売業として世界で初めて全社マルチサイト方式でISO14001「環境マネージメントシステム」を導入して注目を集める。2001から現職。環境省の政策評価委員会委員、同環境会計ガイドライン改定委員会委員、同環境報告書普及事業方策検討委員会委員、同化学物質と環境円卓会議委員、経済産業省の日本工業標準調査会標準部会 環境・資源循環専門委員会委員、同産構審環境部会廃棄物・リサイクル小委員会企画ワーキンググループ委員などを歴任し、国の環境政策にも深く関わっている。