2002年3月 No.40
 

 『PVCニュース』創刊10周年記念講演会から

 富士常葉大学助教授・松田美夜子さんが講演。
 「循環型社会の構築に向けて〜消費者から見たプラスチック問題」

  

    本誌の創刊10周年を記念する講演会が去る2月12日、東京・平河町の電機工業会館JEMAホールで開催され、静岡県の富士常葉大学環境防災学部助教授・松田美夜子さんが「循環型社会の構築に向けて〜消費者から見たプラスチック問題」と題して講演を行いました。  

■市民、行政、産業界の「ベクトル合わせ」を

 
  市民、主婦の視点から、日本の廃棄物問題について旺盛な発言を続ける松田美夜子さん。中央環境審議会など様々な政策決定の場に関わる一方、自ら主宰する「元気なごみ仲間の会」のメンバーとともに塩ビのリサイクル現場をたびたび訪れるなど、産業界の動向にも常に積極的な関心を寄せています。
 今回の松田さんの講演は、市民、行政、産業界の接点に立って活動する独自の立場から、循環型社会構築に向けての心構え、さらにはプラスチック業界をはじめとする産業界の進むべき方向などについて持論を述べたもので、お話の冒頭松田さんは、「産業界や行政の方々と話をしていると、企業が思い描く循環型社会のイメージと行政が描くイメージ、そして市民レベルでのイメージがそれぞれチグハグで、かみ合っていないなという印象を常に持つ。市民レベルでは、ともすれば100点満点の理想的な社会を思いがちだし、企業側のほうはどうしても会社にとって都合のいい発想に偏りやすい。行政はというと、そのどちらでもない中途半端な感じで、もっとしっかりしてほしいという不満が残る」と、基本的な問題を指摘。
 そして、循環型社会の構築には、何よりも「まず、市民、行政、産業界3者のベクトルを合わせることが必要」であり、そのためには、「日本をどういった循環型社会にしたいかという共通のイメージを最初に作って、それに向かってみんなで近づいていくという姿勢が大切である」と述べました。

 

■スイスに見る「理想的イメージ」

 

  そうした共通イメージのモデルとして松田さんは、既に30年前から循環型社会づくりに着手しているスイスの取り組みを紹介。
 「スイスでは1971年のはじめに環境保護を憲法の中に盛り込んで以降、減量化を主眼とした徹底的な廃棄物対策が進められている。『まずごみを出さないこと』ということが市民生活の大前提で、ごみの中で土に戻るものはすべて堆肥化して土に戻していく。飲料容器もリターナブルできるびん容器が中心で、ホテルの冷蔵庫にはびん容器以外の飲料は備えられていない。環境に配慮することが一流ホテルの条件になっていて、もし冷蔵庫にPETボトルや缶が入っていれば、そのホテルは三流以下とみなされる」
 また、マッターホルン山麓に広がるツェルマット村の取り組みについても、
 「自動車道路の開通に伴う交通量の増加で環境悪化が懸念されていたツェルマット村では、憲法改正のわずか半年後に、企業と行政、村民がみんなで知恵を出し合って素早い対応を取った。まず、麓の駅から村までピストン輸送する登山列車を引いて観光客の自動車を規制する一方、当時は世界的にも珍しかった電気自動車に着目し、村内を走るバスやタクシー、ごみ収集車、郵便自動車、さらには一般・個人商店の自動車に至るまで、すべてを電気自動車に代える決定をした。ツェルマット村では、1865年に人間がはじめてマッターホルンに登った時と同じ空気を今でも吸うことができる」
 と、そのユニークな試みを評価した上で、「30年前と言えば、日本はまだ高度成長路線の上をひた走っている時期。そんな時代に、スイスでは循環型社会の原点のような社会が、空想ではなく実現している。そんな国に日本もしていきたい」と、スイスの取り組みの中に循環型社会の理想的なイメージが見出されることを強調しました。

 

 

■自然を守り、ごみを出さない社会

 
 「日本でも最近はISO14001を取得する企業やホテル、行政機関などが増えているが、ホテルの冷蔵庫を開くと、缶ビールやPETボトルがずらりと並んでいる。日本では外に向かって発言していることと、やっていることのギャップがあり過ぎる。この差をどうやって埋めていくかが将来の日本にとって大きな課題になると思う」
 「スイスの人口は800万人、片や日本は1億2000万人。当然、『条件が違いすぎる』という指摘が出てくるだろう。しかし、国際社会の中で日本は環境に関してもアメリカに次いで大きな責任を有する国であり、企業の活動も『条件が違うから』という甘えは最早許されない。企業人として、日本人として、国際社会にどう貢献していくのか、企業の利益が社会の利益にどうつながるのかという視点を持つことが不可欠だ」
 スイスとの比較から日本の課題をこう指摘した後、松田さんは、「我々がめざすべき循環型社会とは、自然環境を大切に守って、できるだけごみを出さない、たとえごみが出るとしてもリサイクルして長く使いこなしていく、そんな社会だ。そういう社会の実現をイメージしながら、ごみ政策の優先順位である3R(リデュース、リユース、リサイクル)の原則に沿ってそれぞれの役割を果たしていくことで、市民、行政、企業の間に絆が生まれてくるのではないか」と、具体的な「ベクトルの方向」を示しました。

 

■環境関連法をビジネスに生かす

 
  一方、産業界の進むべき方向を具体的に論じた場面では、循環型社会形成推進基本法など3Rを基本とした日本の法整備の状況を説明した上で、「こうした環境関連法をビジネスに生かす視点が大事だ」として、特に公共事業におけるグリーン調達の動きに注目を促しました。
 グリーン購入法については、塩ビ業界でもパイプなどのグリーン調達品目指定が大きなテーマとなっていますが、国土交通省の建設工事リサイクル委員会のメンバーでもある松田さんは、塩ビ建材の調達品目指定の可能性について、
 「個人的には塩ビの再生パイプなどもグリーン調達品目として認定可能だと思っているが、今年度は業界のほうも説得できるデータ不足だったようで、認定は見送られた。塩ビ建材がグリーン調達品目として認められるためには、塩ビパイプのリサイクルなどに関する説得力のあるデータをそろえて、業界が声を大にして行政に訴えていくことが必要だ」との見方を提示しました。
 また、「答申はまだ先になるが、公共工事の入札の問題についても現在議論が行われており、値段だけでなく、環境負荷のデータなども入札基準の対象になってくる可能性がある」と委員会の検討状況に触れ、「リサイクルに取り組んでも製品が売れないことを企業は心配するが、今後はリサイクル製品を行政が買い支えていく公共工事・公共調達におけるグリーン購入システムが重要な機能を果たすことになる」として、「プラスチックを使うことで森林の保護に役立っているといった環境性を訴えて、こうした行政の動向に備えることが必要」との考えを示しました。

 

■ベストミックスの社会をめざして

 
  最後に松田さんは、塩ビ業界の情報発信の在り方などについて、次のようにアドバイスしました。
 「塩ビというとダイオキシンの問題がクローズアップされがちだが、塩ビは社会の中ですでに大きな貢献をしていることも事実である。業界として、どういうところに焦点を絞って社会に情報提供していけばいいかをプロとして考え、自信をもって語ってほしい。塩ビ製品の場合、農業用ビニルや塩ビ管などの耐久材は、他の業界に比べてリサイクルが進んでいる。私の考えでは、そういう情報をもっと積極的に発信して、循環型社会に貢献していることを訴えるべきだと思うが、同時に耐久材以外の消費材についても正確な情報を提供してほしい。そうした取り組みが結果的には消費者に対する啓蒙、環境教育になると思う」
 さらに、「肝心なのは、世の中の前提というものは崩れるものであり、絶対の前提はないし、逆に誤解に基づく前提もある。また、物事には必ず利点と欠点があり、すべてが良いという製品もすべてが悪いという製品もない。利点と欠点の折り合いをつけながら、ベストミックスの社会形成をめざして市民、行政、産業界が一緒に努力していくのが、いちばん望ましい社会の姿だと思う。市民もきちんと学んでいただきたい」と訴えて、講演を締めくくりました。

 

[プロフィール]まつだ みやこ

 1941年大分県生まれ、奈良女子大学卒。経済産業省認定消費生活アドバイザー。元気なごみ仲間の会代表。国の各種審議会の専門委員を歴任し、ごみ減量リサイクルプロジェクトに参加。「廃棄物処理法」、「容器包装リサイクル法」、「家電リサイクル法」の制定に関わる。2000年4月から、富士常葉大学助教授に就任。国内、欧米のリサイクル問題のエキスパートとして、講演、執筆、テレビ・ラジオのコメンテータなど、多方面で活躍中。経済産業省・産業構造審議会委員、環境省・中央環境審議会廃棄物リサイクル部会委員、国土交通省・建設工事リサイクル委員会委員などのほか、現在は「自動車リサイクル法」、「パソコンリサイクル法」の制定委員として全力投球している。「ヨーロッパすてきなごみ物語」「ヨーロッパリサイクル事情」「本当のリサイクルがわかる本」など著書多数。昨年上梓した「バイ・リサイクルド」(日報)も話題に。