1998年12月 No.27
 

 特集・当協議会主催の講演会から

 内分泌撹乱物質問題の真相と対応課題
   行政・学界の識者2氏が、調査・研究における国際協力と科学的議論の重要性を指摘

  

    内分泌撹乱物質問題を主なテーマとした講演会が9月と10月の2回、当協議会の主催で連続開催されました。9月は通産省基礎産業局化学品安全課の塩沢文朗課長、10月には鈴木継美東京大学名誉教授(日本内分泌撹乱化学物質学会会長)から、行政の対応方針、研究上の課題などについて話を伺いました。両氏とも「内分泌撹乱物質によるヒトへの健康影響の確証はない」との共通認識に立ちながら、今後の調査・研究における「産官学および国際協力の必要」と「科学的知見に基づいた議論の重要性」を指摘しているのが注目されます。  

1. 塩沢文朗課長の講演

〜『内分泌撹乱物質問題およびPRTRについて』〜

  9月24日午後、西新橋の大和銀行虎ノ門ホールで開催された塩沢文朗課長の講演は、内分泌撹乱物質問題のほか、PRTR(化学物質排出量・移動量登録制度)の導入に関して行政の考えを示したもの。話の中で塩沢課長は、内分泌撹乱物質問題に関する通産省の基本認識と対応方針など(特に国際協力の重要性)を説明したほか、PRTR制度の導入についても、「いわゆる環境ホルモン」という視点から対象物質を選定することは「現段階では考えていない」ことなどを明らかにしています。

 

米科学アカデミーの研究レビューに注目

 ・内分泌撹乱物質の影響についてはさまざまな報道が行われているが、科学的に因果関係が明らかにされた現象はほとんどない。ただ、米国環境保護庁(EPA)の報告書(97年2月)は、「(わずかな例外を除いて因果関係は確立されていないが)、ある種の残留化学物質が内分泌撹乱作用によって生殖や発生への影響及び発ガンの原因となっているという懸念を考慮し、新たに調査・研究を行う必要がある」と述べている。
 ・こうした認識に基づいて、現在、世界各国で内分泌撹乱物質問題に関する研究が行われているが、中でも注目すべき取り組みとして、米科学アカデミー(NAS)の研究レビューがある。これは今年夏に出る予定となっていたが、現時点ではまだ出ていない。これが発表されると、内分泌撹乱物質の科学的見解に大きな影響を与えることになるだろう。もうひとつ、国際純正応用化学連合(IUPAC)の『エンドクリン白書』も近々出る予定で、これは日本語版の出版も計画されおり、国際的学術団体の研究レビューとして注目していく必要がある。
 ・一方、内分泌撹乱物質の選別・特定(スクリーニング)に関する試験方法の開発も、OECDや米国の研究機関で並行して進められており、米国の研究については10月5日に最終報告が出る予定になっている。
 

 

通産省の基本認識と具体的施策の内容

 ・内分泌撹乱物質問題に関して通産省は次の3点の基本的認識に基づいて諸施策を立案している。
(1) 内分泌撹乱物質問題は科学的に未解明な点が多いが、重大な問題提起である
(2) 国際協力、産官学、関係省庁の緊密な連携のもとで、科学的アプローチによる未然防止の観点からの対応が重要である
(3) OECD、IOMC(OECD、WHO、ILO、UNEP)をはじめとする国際機関で実施されている国際協力作業に積極的に参画する
(4) 収集された情報や知見は、速やかに、かつ適切な形で公開する
 ・特に国際協力は重要であり、国際的な英知を集めた場で科学的議論を冷静に行い、そこで出された結論にはきちんと従うということが、とかくエキセントリックな対応に走りがちな日本にとって問題点を克服する重要なポイントになると思う。また、産業界との連携も大切であり、日本ももう少し効果的な産官の協力の仕組みを考える必要がある。また、情報公開についても、すべてのデータを積極的に出した上で、学会のような中立的な場で堂々と科学的論議を展開することが、業界エゴという批判を避ける意味でも大切であろう。
 ・通産省でも既にさまざまなプロジェクトが動き始めている(別掲「具体的施策実施内容(平成10年度)」参照)。
 ・現在、政府においては、各省庁で内分泌撹乱物質関係のさまざまなプロジェクトが進行中であるが、この中で環境庁は「内分泌撹乱物質の環境における状況についての実態調査」を、全国300ヵ所で行うことを予定している。
 ・この測定結果は、それ自体重要なデータになると思うが、大切なのはデータの意味をしっかり検証することだ。その物質が検出された理由、検出量と環境影響の評価、あるいは検出された物質に注目するだけでよいのか、といったことについて検証しないと、単に検出されたということだけで社会的議論や不安を高めてしまう恐れがある。産業界も、そうした問題についてきちんとした見解を持っておく必要がある。
 ・内分泌撹乱物質問題やダイオキシン問題は、今のように科学的情報がない場合には水かけ論になりかねない。特に日本の場合は、産業界に科学的議論を行っていくための蓄積が、人材の育成とともに全くないと言ってよい状況で、米国などと違って企業自身が自らのイニシアチブで収集しているデータも少ない。日本でも今後産業界として、科学的議論ができる体制整備が必要になると思う。

 

PRTRと内分泌撹乱物質

 ・PRTRを含む化学物質の管理の在り方については、通産省の化学品審議会がこの9月に中間報告を発表して、(1)MSDS(化学物質安全性データシート)の流通徹底、(2)PRTRの制度化、(3)化学物質の管理推進のための知的基盤の体制整備、という3つの具体的な政策を提案している。このうち、PRTRの促進については、関係省庁との意見調整をもとに早急に法制化を図ることが必要と考えられる。
 ・具体的な制度の在り方としては、(1)対象物質の特定、(2)対象事業者及び排出量等の届け出先、(3)データの集計・公表の在り方、などの事項を考慮しなければならないが、このうち、対象物質の特定については、風評によることなく、あくまで科学的根拠に基づいて選定する方針である。新聞では、いわゆる環境ホルモンについても通産省のPRTRの対象になるといった報道が行われているが、環境ホルモンとしての有害性については国際的にもさまざまな研究が進行している段階であり、我々は環境ホルモンという有害性から対象物質を選定することは、少なくとも現段階では考えていない。