1997年12月 No.23
 
産業廃棄物処理とダイオキシン問題

  ダイオキシンは適正な焼却条件で防止可能、塩素濃度は生成に影響しない

 

 (社)全国産業廃棄物連合会 中間処理部会長/呉羽環境(株)社長 荒川 信郎

●もっと冷静なダイオキシン論議を

 
  最近、焼却場からのダイオキシン発生が大きな社会問題となっています。特に8月26日に廃棄物焼却施設の構造・維持管理基準に関する厚生省令が発表されてからは、市民運動を中心に活発な動きが続いているようです。
 しかし、長年産業廃棄物処理の現場に携わってきた立場から言えば、適正な焼却条件を守っている限り焼却場からのダイオキシンの発生を防止することは決して難しくはありません。その条件とは、
 
  (1)よく燃焼すること
    ア.高温で燃焼すること<800℃以上。最適温度は930℃以上>、
    イ.十分な滞留時間を取ること<800℃で2秒>、
    ウ.燃焼ガスと空気<酸素>との接触混合を良くすること)
  (2)煤塵の量を少なくすること
  (3)ダイオキシン生成温度域(200〜400℃)の滞留時間を短縮すること
 
  この条件が守られてさえいれば、厚生省令で決められたられたダイオキシンの排出基準(新設の炉は0.1ナノグラム/ 以下、既設炉は来年12月1日までに80ナノグラム以下、平成14年までに1〜10ナノグラム以下)を達成することは十分に可能なのです。
  そういう意味で、最近のダイオキシンをめぐる社会的な不安感の高まりは少し性急に過ぎる気がしてなりません。もっと冷静な議論が望まれます。今日は全国産業廃棄物連合会が決定したダイオキシン対策の内容を中心に、そのへんのことをお話ししてみたいと思います。
 

●発生防止へ産廃処理業界の対応急

 
  全国廃産業棄物連合会は、産廃処理業界唯一の全国組織で(47都道府県の産業廃棄物協会の連合組織)で、会員数は1万2984社(中間処理業の組織率は53%)、会員所有の焼却施設数は約800施設を数えます。
  連合会では、今年3月の理事会でダイオキシン対策を最重点課題として取り組むことを決め、その決定に基づき、5月から中間処理部会の中にダイオキシン対策技術検討会を設けて検討を続けてきました。
  検討項目は、(1)ダイオキシン類の生成の機構に関する調査、(2)生成防止策の調査、(3)発生抑制のための自主基準づくり、(4)排出実態に関するデータ収集計画作成の4つで、このうち(1)〜(3)の3項目については9月の第6回検討会でまとめを終了し、中間処理部会案として10月23日の理事会で承認決定されたばかりです((4)に関しては、11月末までに作業スケジュールを決定する予定)。
 原案づくりの過程では厚生省や環境庁とも意見交換を行い、自主基準については京都大学の平岡正勝名誉教授の指導を受けています。ポイントだけを簡単に申し上げれば、
 
 「ダイオキシン類は排ガスの冷却工程と集塵工程において、(1)未燃の炭化水素と塩化物から煤塵中の重金属の触媒反応により生成する、あるいは(2)クロロフェノール、クロロベンゼン等前駆体物質の分解・合成の反応で生成するが、燃焼温度、滞留時間、空気との混合という燃焼条件を守り、生成温度域でのガスの滞留時間を短縮すればその生成を防止できる」
 
  ということで、その具体的な方法が自主基準としてまとめられたわけです。
 

●自主基準で“0.1ナノグラム”をクリア

 
  自主基準では焼却施設の構造から炉の運転と維持管理に至るまで、ダイオキシン生成の防止方法を詳細に定めています。ここではそのすべてを紹介することはできませんが、厚生省令との違いという点に絞ると、5項目ほど挙げることができます。
  第1は、省令が定めている規制項目に加えて、さらに2項目を上乗せしていることで、炉内の焼却温度を省令の800℃から、より望ましい850℃に引き上げるとともに、省令の規制対象外となっている小規模炉(200kg/1時間以下、火格子面積2平米以下)にまで適用範囲を拡大しています。
  対象外となる小さな炉は全国で9万程度と言われますが、このうち約3万は学校の施設で、残り6万の20%ぐらいが連合会加盟業者の施設ではないか考えられます。これらの炉についてはダイオキシン排出濃度のデータがないために今回は規制対象外となったわけですが、環境庁は来年度早々に実施する実態調査結果に基づいて改めて規制を強化する方針で、業界としては今から小規模炉も対象内に加えてこれに備えておこうということです。
  2番目の違いは、ロータリーキルン、ストーカー炉、固定床炉、流動床炉、液中燃焼炉、ガス化炉などさまざまな炉の形式を4タイプに類型化して、その形式別に必要な項目について基準を具体的に分かりやすく決めていること。
  このほか、燃え殻の管理をより厳しく定めたこと、廃掃法以外の関係法令(大気汚染防止法や水質汚濁防止法など)から焼却に関連する項目を拾い出して自主基準の中に整理したこと、焼却処理の実務に関する事柄を分かりやすく具体的に記載したことなとが省令との違いになっています。
 

●会員各社の施設評価作業も実施

 
  要するに、自主基準を制定したそもそもの趣旨は、厚生省令で決められたダイオキシンの排出基準をクリアするためにはこうすれば大丈夫ですよという具体的な方法を会員に知らせることにあるわけです。
  自主基準がまとまったことで、今後連合会では全国8つの地域協議会を主体として11月から順次各地で自主基準の研修会を実施していく予定ですが、現在のところ「自主基準は分かったが、自分の設備はこの基準に対してどの程度なのか」ということが会員の最大の不安となっているようです。
  従って、会員にはまず自主基準に対する自社設備と維持管理の実態を評価してもわなければなりません。自分でできなければ外部の機関に代行してもらうか、あるいは連合会がそうした役割を果たすことを考える必要も出てくるかもしれません。
  もっとも評価作業自体はそれほど難しいことではなく、評価の内容としては、今の設備と運転でよい、今の設備のまま運転方法を改善する、一部設備(急冷設備など)を増強して運転方法を改善する、
 完全に設備を作り替えるという4段階の評価になるでしょう。
  ただ、来年の12月1日までに80ナノグラムをクリアしなければならないところは、設備を更新するにしても県の許可を取るのに時間がかかりますので、優先的に評価を行っていきたいと考えています。県のほうも審査期間を短くして期限に間に合わせられるよう、厚生省から都道府県知事に要請しているところです。
 

●呉羽環境(株)に見るモデルケース

 
  では、自主基準に適合した炉とは具体的にどんなものなのか、平成4年に稼働した呉羽環境の8号炉(処理量は現在年間8万トン)を例に説明してみましょう。8号炉は厚生省の旧ガイドラインが平成3年に出たばかりだったこともあって、ダイオキシン問題の発生を見越して設計されたものです。
  まず、先に挙げた焼却条件を確保するために、8号炉では2段階で焼却が行われます。1次焼却炉(ロータリーキルン)でごみを撹拌して1050℃程度で燃やした後、2次焼却炉(ジェットファーネス)でさらに昇温して完全燃焼させます。この2次燃焼炉は呉羽の特許で、ガスを旋回させることにより空気との接触混合を良くしているわけです。
  次に、ダイオキシンの生成温度域をできるだけ短くするために、ガス処理には濡れ壁システムと呼ばれる急冷塔が用いられています。ガスの冷却時間が1秒以下と3秒以上とではダイオキシンの生成濃度が30倍も違うという学説もありますが、ここではおよそ850℃で入ってきたガスが1秒もかからずに80〜77℃まで冷却されます。ちなみにこの濡れ壁システムも呉羽の特許です。
  さらに1次・2次スクラバーでアルカリ中和した後、ミストコットレル(電気集塵機)で完全に除塵します。これは一般でもやっていることですが、当社の場合はスクラバーに湿式を採用している点、またミストコットレルも2機使っている点に特徴があります。
  ダイオキシン対策を施したために建設コストが特に上がったということもありません。例えば、ミストコットレルの設備なども、ガスの温度が下がっているために樹脂で作っても十分間に合うわけです。集塵は設備の腐食の問題から280℃程度で処理するところが多いのですが、これはむしろ逆ではないかと思います。280℃前後というのは最もダイオキシンが生成しやすい温度域ですし、コスト的にも急冷して温度を下げておいたほうが耐熱性を考えずに済む分安く上がると思います。
 

●単純すぎる「塩ビ除外論」

 
  このように、きちんとした焼却炉できちんとした運転さえやっていれば、0.1ナノグラム以下というダイオキシンの発生基準を達成することは十分に可能なのです。
  最近は塩ビをはじめとする塩素源を取り除けばダイオキシンは発生しないといった論調が盛んですが、これはいささか単純すぎる話で、0.1ナノグラムとか1ナノグラムといったダイオキシンの生成に必要な塩素源は、どこにでも存在します。
  むろん、スクラバーの中和能力以上の塩素量があれば問題ですが、能力の範囲内であれば塩素濃度の高低はダイオキシンの生成にそう影響はないということです。問題はやはり焼却条件と生成温度域の滞留時間ということに尽きます。
  0.1ナノグラムでもダイオキシンがあることに変わりはないだろうという言い方もあるでしょうが、そもそも地球上にダイオキシンがないなどということは有り得ない話です。それに0.1ナノグラムという数字は、これ以下であれば安全と言われる許容摂取量(体重1kg当たり1日10ピコグラム。1ピコグラム=1兆分の1グラム)から逆算して得られた80ナノグラムという安全基準に比べれば、もうほとんど皆無の状態に近いと言ってよいでしょう。
  行政はそういうことを自信を持って国民に説明しなければなりません。マスコミも、その事実の上に立って冷静な報道をしてほしいと思います。今回の連合会の自主基準がそうした機運を醸成する手掛かりになってくれることを期待します。
 
■プロフィール 荒川 信郎(あらかわ のぶお)
昭和6年福島県生まれ。26年呉羽化学工業(株)入社。56年同 社錦工場総務部長の後、平成元年呉羽環境(株)専務取締役を経て、2年6月代表取締役社長に就 任。5年4月(社)全国産業廃棄物連合会中間処理部会・副部会長、6年6月同会理事、8年11月同会中間処理部会長。