1995年9月 No.14
 

 特集/LCAと塩ビ

  各国で進む研究。手法の標準化や経済性評価が課題米ケム社が塩ビ製品を総合評価

 

    米国のケムシステムズ社が実施した塩ビのLCA調査結果がまとまりました。この調査は、塩ビ周辺製品について環境負荷ばかりでなく経済性や利便性までを含めた総合的評価を行っているのが特徴で、『トータルなLCA』という点で初の試みと言えます。ここでは、各国で進められているLCA研究の一般的現状などをたどりながら、調査結果の概要をご紹介します。  

 

LCAとは何か

  環境問題の高まりから、今世界的な注目を集めてするLCA―。
  LCA(ライフ・サイクル・アセスメントの略)とは、製品の製造段階から廃棄あるいはリサイクルに至る全工程について、エネルギー投入量と環境負荷を科学的に分析・評価して定量化する手法です。
  言わば「ゆりかごから墓場まで」製品の一生を総合評価した“環境通信簿”であり、生徒(製品)の環境能力を評価して、その弱点となっている部分を向上させることが、LCAの最も大切な役割と言えます。
  LCAを利用することで、企業は環境負荷の少ない商品設計や製造工程の改善が可能になり、消費者はいわゆる「環境にやさしい」商品を選択する際の判断基準として、また、行政は環境規制などの政策決定の根拠として役立てることができるわけです。

 

研究の歴史

  LCAの研究は1960年代から欧米の研究機関や企業を中心に取り組みが始まりました。特に、エネルギー・環境問題が深刻化した70年代以降は分析手法などの研究も著しく進展し、現在では各国、それぞれで多種多様なLCAが発表されています。
 

 

諸外国の現状

  ここで欧米各国のLCAの状況を簡単に整理してみましょう。
【アメリカ】
 LCAにかかわる専門家の組織「環境毒物・化学学会」(SETAC)を中心に、多くの企業も参加して研究が進められているほか、環境保護庁(EPA)も環境・健康への影響度により製品をランクづけするシステムづくりに取り組んでいます。
【ヨーロッパ】
 スウェーデンの環境研究所とボルボ社などが共同で自動車部品の素材選択にLCAを実施して注目されました。また、政府の支援でルント大学も研究を行っています。
 スイスの生協ミグロスは、スイス環境庁などと協力して「エコポイント」という評価システムを開発し、実際の商品選択や販売戦略に役立てています。
 デンマークでは、環境保護庁がビールと清涼飲料の容器のLCAについて研究中です。
 このほか、オランダのライデン大学やフランスのエコビラン社などから数多くの先進的な事例が報告されていますが、ECレベルの取り組みとしては、欧州プラスチック製造者協議会(APME)が、研究グループを編成して調査を実施している例が見られます。

 

日本のLCA研究

  (社)化学経済研究所が、1981年に飲料容器などのライフサイクルに関するエネルギー分析を行ったのが、日本におけるLCA研究の第一歩となりました。
 現在では、通産省が化学工業をモデルケースにLCAの手法の確立へ向け調査を行っているほか、91年からは(社)プラスチック処理促進協会が飲料容器や買い物袋などについてLCAの研究をスタート。
  日本生活協同組合連合会でも容器包装材について研究を続けています。
  企業レベルのLCAも盛んで、92年には日本エコライフセンターの呼びかけで民間企業を中心に日本LCA研究会が発足し産官学のネットワークづくりが進められています。

 

LCA標準化へり取り組み

  以上のように、LCAは世界各国でさまざまに試みられています。しかし、客観的に見ると、LCAにもまだまだ検討すべき課題が多いことは否定できません。
 騒音や異臭、景観破壊などの定量化しにくい要素をどう評価するかといった問題もそのひとつですが、より重要なのは、評価に用いる基礎データや分析手法が個々のLCAによってまちまちで、みんなが利用できる精度の高いデータベースも整備されていないということです。
  このため、アメリカにおける紙オムツの例のように、LCAの評価が相反する結果になるといったケースもまれに見られる場合があります。こうした問題に対応するため、日米欧の研究機関では現在、LCAの標準化、ルールづくりが積極的に進められています。

 

注目されるISOの取り組み

 中でも、98年以降の制定を目標に作業を進めている国際標準化機構(ISO)の取り組み(ISO14000シリーズ)は、LCAの標準化へ向けた大きな動きとして特に注目されるもののひとつです。
  日本も93年にカナダで開催された環境管理の会合でLCAワーキンググループの幹事国となったのを受けて、日本規格協会を事務局に環境管理規格審議委員会を発足させ、その中に2つの分科会と5つのワーキンググループを設けて作業の一翼を担っています。

 

利便性、経済性評価の問題とLCA

  LCAが、環境問題を克服するための一手法として注目すべき試みであることは言うまでもありません。
  しかし、ひの評価要素の中に利便性や経済性を含んでいないことは、一考を要する問題と言えます。製品は本来、利便性、経済性を備えたものであり、こうした要素も含めてトータルに評価しなければ、製品のほんとうの能力は決定できないはずだからです。

 

ケムシステムズ社の塩ビ製品LCA

  米国の本部をおく調査会社、LCA調査についても高い評価を得ているケムシステムズ社が、このほど塩ビ周辺製品について、そうした経済性、利便性も含めたトータルなLCAの評価を実施しました。
  製品の価値が、これまでのLCA評価のみで論じられないことは明らかであり、製品の経済性とか利便性も価値判断上、同等に重要な要因であることを考えれば、今回のケム社の取り組みは大いに価値ある試みと言えるでしょう。
  調査では、パイプ、ストレッチフィルム、ボトル、卵パック、農業用フィルムの5種類の製品を対象に、次の項目について評価が行われています。
  ・エネルギー消費量(一次資源の採取、中間製品の製造、最終製品の製造、リサイクルおよび処分に至るすべての工程で消費されたエネルギー量および素材が有するエネルギーの合計量)
  ・二酸化炭素排出量(上記の各工程で排出された二酸化炭素の総量)
  ・経済性(製造コストの相対比較)
  ・利便性(評価項目を設定し、それぞれの製品の使用者に面接して評価)
 それぞれの製品ごとに、評価結果を簡単にご紹介してみましょう。
 
 
 (1)パイプについて

  塩ビ管、ポリエチレン管、ダクタイル鋳鉄管およびコンクリート管(ヒューム管)について評価を行っており、コンクリート管を除けば、ほとんどの項目で塩ビ管が最も優れているとの結果が得られています。
  コンクリート管は、エネルギー消費量と二酸化炭素排出量では最も優れていますが、利便性については最も低い評価結果になっています。
 
 (2)ストレッチフィルムについて

  塩ビとポリオレフィンの評価をしています。エネルギー消費量と二酸化炭素排出量についてはポリオレフィンが優れていますが、経済性と利便性については塩ビが優れています。特に利便性については塩ビのほうがかなり高く評価されています。
 
 
 (3)ボトルについて

  塩ビ、PETおよびガラスのボトルについて評価しています。ガラスを除けば、すべての項目で塩ビが優れています。ガラスについては、85%が再使用されるという前提をおいているため、エネルギー消費量と二酸化炭素排出量で最も優れた評価となっています。
 
 
 (4)卵パックについて

  塩ビとポリエチレン、PET、紙について評価していますが、いずれの項目についても塩ビが優れているという結果になっています。
 
 
 (5)農業用フィルムについて

  塩ビとポリオレフィンの評価をしています。エネルギー消費量、二酸化炭素排出量、経済性、利便性のすべての項目で塩ビが優れています。

 

性能バランスの良い塩ビ製品

  ケム社の今回の調査結果を総括すると、塩ビ樹脂製品はLCA、経済性および利便性の各方面で優れたレベルに位置づけられ、他の素材に比較して塩ビ樹脂は性能のバランスが良いと言えます。
  更に付け加えれば、二酸化炭素による地球温暖化とか石油資源の枯渇問題がクローズアップされている現在、塩ビ樹脂は、人々の便利で快適な生活を守りながら、地球環境の維持にも貢献していると言えます。

 

初の『トータル評価』への試み

  LCA、経済性および利便性にわたるトータルな製品評価は、今回のケム社の調査が初めてのものです。もちろん、データ収集が必ずしも十分でないこと、評価方法が確立されていないことなど、今後更に解決していかなければならない課題も少なくありませんが、このようなトータルな評価がひとつの試みととして注目に値するものであるということだけは確かなのではないでしょうか。