2019年11月 No.108 

特集 文化遺産と塩ビ レポート 1

鉄道と塩ビ製品

軽くて丈夫で燃えにくい。性能バランスの良さで軽量化と安全性向上に貢献

写真:新幹線ゼロ系電車
写真:車輌の床に敷き詰められた塩ビ床材
国分寺市ひかりプラザに展示されている新幹線ゼロ系電車(写真左)と、車輌の床に敷き詰められた塩ビ床材

1872(明治5年)、品川〜横浜間に日本初の鉄道が敷設されてからおよそ150年。この間、今なお鉄道ファンを魅了するSL機関車から、夢の超特急と呼ばれた新幹線、そして世界最先端の超電導リニア(リニアモーターカー)へと、わが国の鉄道はめざましい発展を遂げてきました。そんな鉄道の歴史を車輌部材のひとつとして支えてきたのが、床材をはじめとする塩ビ製品。鉄道と塩ビ製品の関わりは、思った以上に深くて長かった。

鉄道技術開発の総本山・鉄道総研

 鉄道と塩ビの関わりを知るために訪れたのは、東京国分寺市にある公益財団法人鉄道総合技術研究所国立研究所(以下、鉄道総研)。
 鉄道総研は、旧国鉄の研究業務を継承して1986年に発足したJRグループの試験・研究機関で、各種の技術開発はもちろん、環境科学、人間科学に至るまで、鉄道に関わるあらゆる分野をテーマに研究活動を続けています。その中には、超電導き電ケーブルシステムの技術開発や、水素エネルギーを利用した燃料電池ハイブリッド電車の開発など、世界が注目する取り組みも少なくありません。

写真:鉄道総研 国立研究所の全景
鉄道総研 国立研究所の全景。東京ドーム4個分という広大な敷地の中に、鉄道総研本館をはじめ、車両の走行試験を行う試験線や、ブレーキ試験や振動試験などを行う各種実験設備が建ち並ぶ。

なぜ塩ビ製品が鉄道に利用されたのか

 鉄道の世界で塩ビ製品が利用されるようになった時期と背景について、材料技術研究部の伊藤幹彌研究室長にお話を伺いました。
 「塩ビなどのプラスチック製品が使用されはじめた時期を正確に特定するのは難しいが、少なくとも本格化したのは、車輌の軽量化が進んだ1970年代以降と考えられる。車輌本体の材料が鉄からアルミやステンレスへと変わる中で、車輌の部材についてもプラスチックへの代替が進み鉄道の高速化に貢献した。とは言え、鉄道で最も重要なのは安全性と信頼性の確保であり、軽ければいいというものではない。軽量性と同時に、強度と難燃性、耐久性といった性能が不可欠で、そのバランスの取れた製品であることが重要な条件となる。このため、燃えにくく丈夫でコスト優位性もある塩ビ製品が、内装をはじめとする車輌部材に多く用いられてきた」

写真:伊藤室長
伊藤室長

まさしく文化遺産の一部

 これまで鉄道車輌に使用されてきた主な塩ビ製品としては、床材、座席のレザー、飲料水や排水用のパイプ、電線被覆材、車輌連結部の蛇腹(ホロ)、屋根部の絶縁クロスなどがあります。また、車輌以外の分野では、線路回りの防草シートなどにも塩ビが使われています。
 中でも、塩ビ床材の使用は古く、新幹線の元祖と言えるゼロ系車輌(1964〜2008年まで営業運転)に早くも施工されていたことが分かっています。
 その一端を実見できるのが、同研究所正面玄関前に建つ国分寺市「ひかりプラザ」の新幹線資料館。山陽新幹線西明石〜姫路間の開業(1972年)に向けて、1969年に製造されたゼロ系の試験電車951形を、そのまま資料館として展示公開しているもので(鉄道総研から国分寺市に無償譲渡)、その床一面に敷きつめられた塩ビ床材は、50年という歳月にやや変色しながらも、まさしく文化遺産の一部と化した歴史的な輝きを放っているかに見えます。
 この951形は、1972年2月に時速286キロの世界記録を達成した記念すべき車両で、新幹線初のアルミ合金製車体、客室窓の小型構造など、随所に軽量化のための工夫が取り入れられています。塩ビ床材も、そんな工夫と並んで世界記録達成の一翼を担った要素と言えそうです。

写真:951形の車内には様々な歴史的資料が展示されている。
951形の車内には様々な歴史的資料が展示されている。
写真:右下の写真は、時速286キロ達成の記念プレート
時速286キロ達成の記念プレート

ライフサイクルコストの良い素材

 「塩ビはライフサイクルコストの良い素材だと思う。鉄道車両は20年以上使われるのが普通なので、難燃性が高い上、補修や修繕もせずに20年以上使い切れる床材は非常に貴重だ。塩ビ管も、床下に配置されることが多いため振動による疲労を受けやすいが、不具合が出て交換したいといった現場の声はあまり聞いたことがない」(伊藤室長)
 ちなみに、塩ビ床材については、過去にリサイクルの研究も試みられたことがあります。耐シガレット加工の高難燃床材を粉砕した後、電線被覆材の塩ビと混合、溶融して防草シートを作るというもので、試作品を用いた屋外暴露試験などの結果から、長期間野外でも使用できる可能性が明らかになっています。
 「最近は車両内の禁煙化が進んでいるが、実験した当時は耐シガレット床材が廃棄物として結構出ていた。諸般の事情で製品化には至らなかったが、論文等の発表を通じて表彰も頂いた(「劣化解析に基づいた鉄道車両用床材へのナノコンポジット適用と現行床材のリサイクルに関する研究」。2011年第4回CERI若手奨励賞受賞)。有効活用のひとつとしてこんな方法があるということを提案できた意味はあったと思う」

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製リサイクル防草シート試作品の屋外暴露試験の模様

 今後の鉄道について伊藤室長は、「CFRP(炭素繊維強化プラスチック)などの高分子材料で金属を代替できる技術が広がれば、更に軽量化が進み、運行エネルギーも大きく減少する。実際、リニアの一部に炭素繊維を利用するという話も聞いている」としています。
 鉄道新時代に塩ビ製品が貢献できる可能性はあるか?

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超電導リニアでも塩ビ製品の活躍が期待される